これからの事、変わらない事
◇
とりあえず、その日は奏多がやってきた以外の事は起きずに夜を迎えた。
シュウの事もあるし、ミケがクソ兄貴を殺るためには更なるスキルが必要とか言い出すからここで暫くは鍛錬する事になった。領主の館の部屋で寝泊まりする事になったのだが…
「個室をそれぞれ貰ったのに俺の部屋に何故集まってるんだ…」
やたらと広い部屋を割り当ててくれたと思ったが、これが理由だと考えは…していた。だから、俺は宿屋が良かった。むしろ、1人で安眠出来るなら牢屋でも良い。
「大丈夫だよ。この部屋のベッドは8人で寝ても広いよ…どうせお兄様の周りに固まって寝るんだし」
「その倍はさすがに無理そうだけどね。でも、お兄なら作れるはずだよ」
7人の枕にされるのは前提らしい…たまには普通に眠りたいと思うのは贅沢な悩みなんだろうか。とはいえ、天使の生き残りが襲ってきたり、魔族や猫耳族の過激な連中が暗殺に来るなんて可能性もあるから固まってた方が安全とも言える。
「ベッドは構わないが、変な事したらスキルの実験台にするからな」
変容してしまったスキルを使う暇もなく…というか、一撃で天使を昇天させてしまったから己の力量がイマイチ把握出来てない。まあ、大魔王軍にぶっ放せば良い事だが、【色欲】の類いは1番先に把握しておかないと大魔王軍よりも厄介な駄女神軍に完敗するのは確実だ。
「さすがにこんな状況で出来ないよ。お兄とやったら神格化で何日か寝込むだろうし…その間に帝国が攻めてきたら作戦失敗で、最悪この世界滅んじゃうよ」
「…本郷さん、わたしの聞き間違いじゃなければ近いうちに帝国が攻めてくるって聞こえたんだけど…」
間違いなく俺にもそう聞こえた。奏多は隠し事多くないか?
「うん、襲ってくるのは間違いなく。シュウちゃんが生きている…それだけが大魔王の不安材料だからね。幸い、あたしたちの存在はあんまり知られてない。ミケちゃんお気に入りの人間パーティってくらいにしか」
「さすがクソ兄貴にゃん。ご主人様に喧嘩売った時点で終わってるの分かってないにゃん」
「同じ兄なのに先輩とは全然違うんだろうね…」
シュウはそう言うが、俺は俺で妹どころか信仰してるこの世界の連中に顔向け出来ない事をやりまくったわけだから何とも言えない。むしろ、同情してしまいそうな部分もある…妹にボロクソ言われてたらヘコむだろうなぁ…
「何とか回避出来ないかな、かなちゃん…戦争になると犠牲も出るし」
「うん。リーゼアリアちゃんの気持ちは分かるよ…でも、回避は無理じゃないかな。帝国には大魔王の四天王が居るし」
だから、さらっとそんな話をするな。そんなに知ってるならお前の力だけで解決出来るんだろと思えてしまうわけなんだが…奏多だから、俺の良いところが見たいとかって考えなんだろうなぁ…
「とりあえず、その四天王を倒したら良いんだろ。パッと転移して暗殺すれば終わるだろ」
「暗殺は無理かな…特にお兄には。それに倒しちゃダメなんだよ。四天王最弱の天使はテンプレだけど、今回はシュウちゃんが頑張らないと」
「…俺?」
◇
四天王の1人は転生した友人だった…ただし、スケルトン。
「ご先祖様を魔物にして使役してるなんて許せないにゃん…クソ兄貴滅殺確定にゃん」
ミケちゃんが怒るのも当たり前だ。更にそれが山根さんの幼なじみをって事になれば尚更…
皆が知ってるナシビトの森の勇者が近江竜介ってのはさっき聞いた。ミケちゃんのご先祖様ってのも。で、あいつは山根さんの代わりに猫耳のお姫様と仲良く北の未開の地で生涯を終えて手厚く葬られていたのを掘り返されて大魔王な子孫に使われているらしい…ないー。
「で、近江くんを救うには魂を完全に消滅させるしか普通は方法がないんだけど…それをやるとちょっと問題があるんだよね」
「…まあ、あまりそういうのはやりたくないな。心情的に」
先輩の言う通り、別にあいつは悪くないし静かに眠ってただけなのに利用されて消滅なんてのは嫌だ。この体になって皆と再会出来たから尚更…
「うん。心情的にもだけど、彼の救出が出来ないと最強の敵の説得が難しいんだよね…」
「最強の敵?」
「レベル350超えの最狂勇者…ラピスの説得が難しいんだよ。中身が琉璃ちゃんだから尚更説得しないとだし」
ラピス…100年前に俺を殺した悲劇の勇者。そして…
「琉璃ちゃんが、生きてる?」
◇
松木琉璃という少女を俺は詳しく知らない。俺が庇った少女というだけだ。
俺の死後、灯里たちは彼女を責める事無く優しく慰めた。俺が守った少女という事だけで灯里たちはそうした…だが、人間というのは知らなければ好奇な目で見るし無責任に責め立てる連中も居る。少なくとも、俺が信頼していた皆はそんな事をしてはいない。
だけど、優しさは時に刃となる。灯里たちが消えたあの出来事の直前、琉璃という少女は自殺を図る。車道に飛び出して、助けようとした高校生と一緒に短い生涯を終えた…
助けようとした高校生は竜介だった。そして、2人は別々の時代のこの世界に転生した。
「琉璃ちゃん…どうして…」
奏多は俺にも助けた少女の自殺は伝えてくれてなかった。まあ、助けなきゃ良かったなんて考えは無い…ただ、守りきれなかったんだという無念さはある。だが、少なくとも目の前で悲しそうに、悔しそうにしているこいつらは守りたかったんだろう。
だからこそ、優しさは刃なのだ。悪くないと慰めれば慰めるほど傷付く事もある。言った側がそう本心から口にしても受け取る側がどう受け取るかは別だからだ。更に彼女は竜介を殺したと思い、北里を自らの手で葬ってしまった。100年前の悲劇の最後に…
「どうすれば、俺が救えるんだ…竜介も琉璃ちゃんも…」
シュウはやる気だ。いや、シュウがやらなければならないんだろう…でなければ俺がさせている。
「近江くんを転生させる。それだけで解決するよ」
奏多はそう言い切った。2本の剣を手に持って…




