8.高貴な方々の集い
青い空に、白い雲。
柔らかな風が頬を撫で、優しい声を届けてくれる。
小さな家の庭で、少女は家族に囲まれて、幸せそうに笑っていた。
明るい父親、優しい母親、そして少女に駆け寄る、もう1人の少女。
どこにでもある、ありふれた光景。
ーーーでも。
血が。舞って。
「…っ!」
意識が覚醒する。
気がつけば、私は勢いよくまぶたを開けていた。
ほんのり額に汗を感じる。
何て嫌な目覚めなのだろう。
すごく幸せな夢を見ていた気がする。
けれど、最後にはそれが全部壊れたような…。
先ほどまで確かに見ていた夢が、霞のように消えてしまう。
もうどんな夢だったのか思い出せない。
夢あるあるだ。
体を起こして、障子の奥を見れば、もう暗くなっていた。
どうやら、夜が来たようだ。
部屋にある時計を見れば、針は夕方の17時半を指していた。
時間がない。
今日は18時半には深月を起こさなければならないというのに。
慌てて布団から出て、洗面台へと向かう。
今日は20時から大事な会合があるのだ。
その為、いつも通りではとてもじゃないが間に合わない。
髪をまとめ、バシャンっと顔に水をかけると、私はいつもよりも早く身支度を始めた。
*****
東大帝国の首都、帝都。
その中心にある皇帝の住まう屋敷こそが、今回の会合の会場だった。
皇帝の屋敷は北の貴族が好んで住むような洋館だ。
その為、妖や人が集められた巨大なホールの上には、彼らを照らす大きなシャンデリアが輝いていた。
そこに私と深月はいた。
学院を休んで。
「結」
白のスーツ姿の深月が柔らかく私に微笑み、手を差し出す。
シャンデリアの光を吸い込む深い青髪の奥からこちらを見つめる深月の赤い瞳は相変わらず優しい。
深月と合わせた白のタイトなドレス姿の私は、慣れた様子でその手を取ると、この妖も人も入り混じる会場をゆったりと移動し始めた。
「神園のお二方ですわ」
「相変わらず絵になるお2人ですこと」
「神園の次期ご当主に、最強と言われる突然変異種。2人が揃えば空気が変わりますわね」
「婚約も間近なのでは」
普段、街や学院で見る者たちとは違う。
明らかに高貴そうな者たちがこちらをチラチラと見ては、ヒソヒソと好き勝手に何かを話す。
こう言う場では、いつも私と深月は注目の的だった。
ここはいわゆる有力者が集う、社交の場だ。
神園のご子息、次期当主である深月はよくこういう場に顔を出さねばならなかった。
そして深月は可能な限り、こういう場に自分のパートナーとして女中の私を連れていた。
だが、今回のここはただの社交の場ではない。
煌びやかなスーツやドレスを着た人間が目立つ、北王国の貴族。
着物や袴といった和装の妖が目立つ、西帝国。
それからどちらの格好もしている、人間や妖のいる、南共和国。
最後に、南と同じく、妖や人間が入り混じり、各々が好きな格好をしている東大帝国。
この世界各国から集められた者たちは、皆、この世界を回す有力な一族や貴族の者たちだった。
今日は東、西、北、南それぞれのトップが集まり、会合をし、その他大勢の有力者たちも親交を深める日なのだ。
毎年この時期になると、この世界で最も力のある東大帝国で、この大事な全世界交流会合が行われていた。
「結先輩、深月先輩」
深月と会場内を歩いていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
足を止め、声の方へと視線を向ければ、そこには見慣れた人物が2人立っていた。
まず私たちを呼び止めたのは、紫苑だ。
シャンデリアの強い光を受け、今日はより一層その白金の髪が輝きを放っている。
儚げな美少年である彼は、妖らしくきちんとした袴姿で、私たちの前に現れた。
「お二人とも、相変わらずどこに居ても目立ちますね」
そう笑顔で私たちに声をかけてきたもう1人は、狸の妖、桜庭 凪だ。
栗色の硬そうな髪から覗く、緑色のタレ目でこちらを見つめる袴姿の彼も、ここにいるだけあって、しっかりとした有力一族のご子息だった。
彼、凪は、あの狸の妖の有力一族、桜庭のご子息だ。
年齢は紫苑と同じで、学院でいえば、私たちの後輩にあたる存在だった。
神園の深月、狐森の紫苑、桜庭の凪…と、同世代の有力一族のご子息なので、お互いに昔から存在は知っていたのだろう。
だが、きちんと認識し、関係を築いたのは、互いが学院に通い始めてからだった。
少なくとも、私から見た3人の関係はそんな認識だ。
凪の言葉に、「まぁね」と涼しげに笑う深月。
私はそんな深月の横で、深いため息を吐いた。
「本当、深月ってでかいし、見た目がこれだからね」
迷惑そうに深月を見つめる私に、何故か3人とも目をぱちくりとさせる。
驚いたような表情を浮かべた3人は、そのあと三者三様の反応を見せた。
紫苑は訝しげに眉をひそめ、凪はおかしそうに苦笑いを浮かべ、深月はすごく嬉しそうに瞳を細めたのだ。
全員の何ともいえない様子に、私は首を捻った。
「「「…」」」
それから3人に無言で見つめられ、今度は私が目をぱちくりさせた。
…一体、この意味深な視線は何?
「…本気で言ってます?」
このおかしな沈黙を破ったのは、凪だった。
何故か苦笑いを浮かべている。
「深月先輩だけが目立っていると思っていませんよね?」
おかしそうに投げかけられた凪からの問いに、思わず笑ってしまう。
「思ってない、思ってない。神園の深月様と一緒にいる、最強の突然変異種の私も注目の的だもんね」
「…まぁ、はい」
私の答えに、凪は何故か歯切れの悪い相槌をした。
「俺、あんなのより弱いんですか」
「そうだねぇ。でもあれが結の良さだから」
怪訝な表情の紫苑に、深月は嬉しそうにしている。
全く意味のわからない状況に、私は首を傾げたが、誰もこの空気の原因を教えようとはしなかった。




