6.喫茶浪漫
朝の4時、日の出前に学院は終わる。
私の放課後の過ごし方は様々だが、今日は週3で入っている喫茶店のアルバイトをしていた。
アンティークで重厚な雰囲気の店内のガラスに、ふと、私の姿が映る。
黒と白のシックなメイド服に、頭にはヘッドドレス。
いつもは下ろされている長い黒髪はポニーテールにされており、まるでどこかの貴族の屋敷で働いているメイドのようだ。
ーーーチリーン。
呼び鈴の綺麗な音が耳に入る。
その音に私は自分の姿から目を離すと、慣れた足取りで呼び鈴の元へと向かった。
*****
この時間帯の店内は様々な妖で賑わっていた。
「お待たせいたしました。ご注文をお伺いします」
テーブル席に座る2人の男性に、私は柔らかく微笑み、礼儀正しく言葉を並べる。
ここはただの喫茶店ではない。
重厚な雰囲気の店内に、洗練された音楽、メイド服や執事服を着用している美しい店員たち。
ここ、喫茶浪漫は、北王国にある貴族のお屋敷をモチーフにした、貴族の気分を味わえる帝都内でも人気のある喫茶店だ。
「じゃあ、オムライスセットとグラタンセットを。ドリンクはどちらも烏龍茶で」
「かしこまりました、ご主人様」
言われた注文をサッとメモに取り、お辞儀する。
それから私はその場から離れ、厨房へと向かった。
この特別な体験ができる喫茶店の店員は、全員美しくなければならない。
その為、店内のどこを見ても、美しい店員が接客をしている。
つまり、その採用基準を満たしている私も美しいということだ。
…まぁ、私的には自分を美しいとは思わないんだけど。
整っているとは思うけど。
「注文です!3番卓、オムライスセット1、グラタンセット1です!ドリンクはどちらも烏龍茶です!」
厨房の入り口で明るくそう言い、メモをボードに貼る。
「はーい!」と聞こえてきた明るい返事を背に、流れるように店内へと戻ろうとすると、私はそこである者と遭遇した。
シックな執事服をきちんと着こなしている美青年が、伊達メガネの奥からこちらを嫌なものでも見るかのような目で見つめている。
ーーー晴彦先輩だ。
「…今日はお前の日か」
「何ですかぁ?私がいたらダメなんですかぁ?」
迷惑そうにしている晴彦先輩に、私はからかうように瞳を細めた。
晴彦先輩は私とは違い、毎日ここで働いている。
理由は単純に生活の為だ。
神隠しに遭い、頼れるところも者もいない晴彦先輩は、生きていく為に、自分で生活費を稼がなければならなかった。
「お前は神園の女中だろう。働かなくともいくらでも金はあるだろうに、物好きだな」
「そうだよ?先輩も知ってるでしょ?」
「まぁな」
ふふ、と笑う私に、晴彦先輩が眉をひそめながら淡々と頷く。
晴彦先輩が生きる為に働いているのだとしたら、私は独り立ちする為に、また社会をこの目で見る為に、ここで働いている。先輩の言葉を借りると、まさに物好きなのだ。
「トラブルは起こすなよ」
どこか疲れた顔でそれだけ言うと、晴彦先輩は私に背を向けた。
「待って」
しかし、私は晴彦先輩のジャケットの裾を掴み、その動きを少しだけ止めた。
その行動に、「なんだ?」と先輩が迷惑そうに振り向く。
やはり、その青色の瞳には疲れが見える。
「休めてる?」
伝わるわずかな疲れに、窺うようにその顔を覗き込むと、晴彦先輩に大きなため息を吐かれた。
「休めていない。それに今日は夜から誰かさんにとんでもない妖術をかけられたからな」
「お前だぞ」と訴えかけてくる晴彦先輩の力強い瞳に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
その誰かさんの妖術は確実に私のものだからだ。
晴彦先輩の様子に私はメイド服のポケットに手を伸ばし、一枚の札を出した。
「…」
私の行動に晴彦先輩が警戒の色を浮かべる。
しかし、私はそんな晴彦先輩のことなど気に留めることなく、札に妖力を込めた。
すると、その札は小さな小瓶に入った金平糖へと変わった。
「疲れにはこれだよ」
にっこりと笑って、無理やり晴彦先輩の手のひらに小瓶を置く。
まさか私から金平糖を渡されるとは思っていなかったようで、晴彦先輩はぱちぱちと驚いたように瞬きをしていた。
「…普通のか?」
「まぁ、うん」
「辛いとかないよな?」
「ないない。甘いよ」
「…」
晴彦先輩が疑い深く私と自分の手の中にある金平糖を交互に凝視している。
それからしばらく考えた後、晴彦先輩はおそるおそる小瓶から一粒出し、それを口にした。
「…美味い」
「でしょー?」
ほんの少し頬の力が抜けた晴彦先輩に、私は、ふふ、と柔らかく笑う。
「でも、この中のどれかいくつかは水が欲しくなるほどの激甘金平糖が入っているから、お気をつけて〜」
「…なっ!」
ひらひら〜と軽く手を振り、店内へと戻っていく私の背中に晴彦先輩の驚きに満ちた声が届く。
「…ったく」
晴彦先輩はそう吐き捨てると、複雑な表情で静かに笑っていたのだった。
*****
「メイドさん」
晴彦先輩から離れ、そう私に声をかけたのは、とても聞き慣れた声だった。
そこへ視線を向ければ、テーブル席にゆったりと座る美青年、深月がいた。
元々お坊ちゃまである深月には、この貴族が今にも現れそうな高級な空間がよく似合っている。
「…家のことは?」
深月の元へと寄りながらも、訝しげに深月を見れば、深月はふわりと笑った。
「もちろん、終わらせて来たよ」
…本当なのだろうか。
深月の笑顔がどこか信用ならない。
無理して来ているようにも見える。
実際、深月が大事な場面で突然姿を消した!と泣いている従者たちを何度も目撃してきた。
深月はいつもこうなのだ。
私が働いている時間には、どんなことがあっても必ずここに現れる。
最初はあの神園のご子息である深月が来た、と店内は店員も客も含めてざわついていた。
だが、私がいる時は毎回来るので、今はもうみんな慣れた様子だった。
それどころか金払いのいい深月を、マスターは大変な太客として喜んでいた。
「ご注文をお伺いします」
平然としている深月に、私はいつも通りに注文を伺う。
…まぁ、答えは聞かなくてもだいたいわかっているけど。
「とりあえず、結は俺の隣に座って?結の時間はもう買ってるから。注文は一緒に考えよ?」
「…」
これである。
深月は毎回現れるどころか、私自身の時間まで買ってしまい、いつも時間いっぱいここで私と過ごすのだ。
呆れつつも無言で深月の隣に腰掛けた私に深月が「何にする?」と柔らかく微笑みかけ、メニュー表を見せる。
私の隣でご機嫌にそれを眺めている深月は、本当に楽しそうだった。
私がここで働くと言った時に、あんなにも強く反対していた深月の姿が嘘かのように。
1年前の深月は神園の家から出ていくだけでなく、ここでも働こうとした私に強く反対した。
「お金は女中として働いている分であげているのに、何故、他で働く必要がある」と。
しかし神園で働いているといっても所詮、身内の中で働かせてもらっているに過ぎない。
それに私の女中としての仕事は基本、深月の世話なので、あまり仕事らしい仕事はしていないのだ。
その為、勉強のためにもここで働きたいと伝え、深月とかなり口喧嘩をした。
何を言っても、「ダメ」と首を縦に振らない深月に腹を立てた私は最終的に、
「深月なんて嫌い!何でも勝手に決めないでよ!」
と、叫んだ。
すると先ほどの拒否が幻だったかのように、いとも簡単に、全て解決した。
「お願いだよ、結。あそこで働くことは許すから、俺のこと嫌いって言わないで、ね。訂正して」
そう泣きそうな顔で言われ、ここで働くことを許可されたのだ。
その後、「嫌いではない」どころか、「好き」だと言うまで、深月は私の腰を離さなかった。
一悶着の末、ここで働くことをやっと許された私。
…が、蓋を開けてみれば、週3でしか働くことを許されなかった。私としては、社会勉強として、もう少し働きたいというのに。
「何がいい?結?」
じっとメニューを見ていると、深月は優しく私の瞳を覗き込んできた。
…正直、こんなの仕事でもなんでもない。
ただの日常だ。
だが、もうお金は支払われているので、深月の好きにさせるしかない。
「…苺パフェがいい」
「苺パフェね…。苺ティラミスでも悩んでたでしょ?」
「うん。気になってた」
「じゃあそれも食べよう。食べられなかったら俺が食べるから」
嬉しそうにこちらを見つめる深月に、呆れながらも、らしいな、と思ってしまう私もいる。
このありふれた日常に、私の心は温かくなったのであった。




