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死神の鳥籠〜激重感情に囲われまして〜  作者: 朝比奈未涼


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5.理想と現実




 まず妖術を使うためには、妖力の込められた札が必要だ。

そしてその札は、作る段階で何に変化させるのか決める必要がある。


 私は早速その札を作るために、机の上に置かれている1枚の札をじっと見つめた。

それから両手をかざし、妖力を送り始めた。


ーーー頭に今の私自身を思い浮かべる。


 みんなよりほんの少し背の高い、赤い猫目が特徴的な死神の妖。

見た目、体型、性格、そういったもの、全て具体的に頭の中で形にしていきながら、札に妖力を込め続ける。



「…ふぅ」



 こんなものだろう。

満足いくまで妖力を込め終えた私はゆっくりと両手を下ろした。


 かなり集中して、繊細に妖力を注ぎ込んだ為、ほんの少しのダルさを感じるような気もする。

…が、少し休めば治るものだ。


 この妖術を使うために、必要不可欠な札。

これはどんな紙でもいい。

だが、紙の質などで、込められる妖力や妖術の再現性が違う、というものはあるみたいだった。


 何故、断定できないかというと、私は神園で支給される札しか使ったことがなかったからだ。


 ここに入るまで知らなかったが、私はどうやら最高級の札を知らず知らずのうちにずっと使っていたらしい。

菜美や理華に指摘されるまで、私はそれを知らずにいた。


 妖力がしっかり込められた札。

それに今度は筆を走らせた。


 札に妖力を込め、次にやることは、それをしっかりと発動させる為の具体的な何かを記さなければならないのだ。

妖によって、文字や絵、記号などいろいろなものを描くが、私は文字派だった。


 私が札に描いた文字は、〝結〟。

突然変異種ゆえ、両親はおらず、苗字を持たない私の正式な名だ。



「できた」



 完成した札を手に取り、見つめていると、横からとんでもなく鋭い視線を感じた。

 この鋭すぎる視線の主はもちろん紫苑だ。


 紫苑の方へと視線を向けると、紫苑は悔しそうにこちらを睨んでいた。

紫苑の目の前にある札には、まだ不安定な妖力しか感じられない。

どうやら自分の分身作りに難航しているようだ。


 私はそんな紫苑を挑発するように口の端を上げると、札に妖力を込めた。

すると、札はみるみる人型になり、私と全く同じ見た目となった。



「どう?完成度高くない?」



 ふふ、と勝ち誇ったように笑うと、分身の私も同じように笑う。

なかなかの出来だ。


 純子ちゃんみたいに分身の私にも喋らせたいな…。

多分、そうできるように作ったからできるはず…。


 そう思いながら、脳内に今言いたい言葉を浮かべてみる。



「まだできていないのかな?天才くん?」



 これを不敵に言ったのは、分身の私だ。


 大成功だ!



「ふふ!私にできないことなんて…」

「いけない!」



 勝ち誇った顔でふんぞり返っていると、何故か分身の私が突然勝手に喋り始めた。

あまりにも精巧に作りすぎた為、もう1人の私として意思を持って動いてしまったようだ。



「お父さんとお母さんが待ってるから早く帰らないと!」



 分身の発言に、私は「ん?」と首を傾げた。

あれは私の完璧な分身だ。

つまり、私自身だ。

 だからこそ、私が言わないであろうことを言うはずがない。


 突然変異種であり、両親のいない私が何故、その存在を口にしたのか。

無意識の願望…とか?


 まじまじと自分の分身を見つめていると、私の耳にとても冷たく低い声が届いた。



「何ですか?自分はここまでできるっていうマウントですか」

「え、いや、これは…」



 紫苑の勘違いを正そうとしたはいいが、なんと言えばいいかわからず、言葉を詰まらせる。

そうこうしているうちに、札は妖力を失い、その姿を消した。


 本当、何だったんだろ?あれ。



「次は俺です」



 消えた自分の分身にモヤモヤしている私などお構いなしに紫苑が札を手に持つ。

〝狐森紫苑〟と綺麗な字で書かれているそれは、紫苑が妖力を込めたことによって、みるみる形を変えていった。


 そして紫苑そっくりの人型が現れた。


 …いや、似ているのは似ているのだが、どこか全体的に雰囲気が違う。

 本物の紫苑よりも若干高い身長に、筋肉質な体型。

今の紫苑も決して身長が低いわけではないが、深月や晴彦先輩に比べれば低いし、体型も細い。

今、現れた紫苑の分身はまるで大人の紫苑のようだった。



「どうです?」



 自慢げにこちらを見つめる紫苑に、この違いに気づいていないのか?と首を捻る。


私や純子ちゃんほどの精度はないように見える、あれ。



「紫苑なのは紫苑だけど…」



 ちょっと願望が出ているのでは?と言おうとした、その時。

紫苑の分身はひとりでに動き出し、何故か私を無言で抱き寄せた。


ーーーはい?



「な!何やってるんですか!」



 突然の分身の行動に、紫苑が不服そうに叫ぶ。

紫苑の様子からしてどうやらこれは先ほどの私の分身と同じように勝手にしている状態のようだ。

 紫苑の分身も見た目以外は精巧だったみたいだが、まさかの本人も預かり知らぬことを始めたらしい。


…何故?



「ちょ、え、し、紫苑?」



 状況を飲み込め始めた私は私を抱きしめる紫苑の分身の顔を窺うように覗いた。

一体どんな意図があってこんなこと…。


 私と目の合った分身の紫苑は無表情のままだが、じっとこちらを見つめている。



「紫苑って…!違いますから!それは俺の分身ですけど、こっちが紫苑です!ちょっ、離れてください!」



 私を抱きしめて離さない紫苑の分身を、紫苑が一生懸命引き離そうとする。

…が、体格の差があるからなのか、分身はびくともしない。

それどころか分身の紫苑はさらにキツく私を抱きしめ、ぐりぐりと自身の頭を私に押し付けた。


 もう、何がなんだか。



「紫苑?ちょっと離そうか」

「だからそいつは俺じゃありません!」



 ぎゃーきゃーと騒がしい紫苑を分身は一瞥する。

それから…



「…っ!?」



 何と私の髪の匂いを嗅ぎ始めた。

紫苑の分身の行動に、さすがに私から先ほどの余裕がなくなっていた。

 

 髪、耳、頬、首筋…とあらゆるところに鼻を当てられ、心拍数が上昇する。


 な、何事!?どうしてそうなる!?


 ぐーっと紫苑の広い胸を押してみたはいいものの、紫苑の分身はびくともせず、好きなように私のいろいろなところに鼻を寄せる。


 何の意味があってこんなことを…!?

 もうあれかな!?鎌を出すべきかな!?



「どうしてそうなるんですか!?やめてください!俺の姿で!」

「紫苑やめて!死んじゃう!それとも死ぬ!?」

「だから!俺じゃないですって、そいつ!」



 真っ赤になって叫ぶ私と紫苑の様子など、素知らぬ顔の紫苑の分身にいよいよ心臓が破裂しそうになる。


 もう、限界…!


 そう思い、鎌へ手を伸ばそうとした、その時だった。



「何事!?」



 この騒ぎに慌てた様子の純子ちゃんが現れた。

純子ちゃんが眉間にシワを寄せ、その綺麗な水色の瞳でこちらを数秒間まじまじと見る。



「…あー、なるほど。完璧じゃない。さすが天才といったところかしら」



 それから純子ちゃんは感心したように何度も何度も頷いた。



「感心している場合ですか!?アイツのせいで、変な形で侮辱されているんですよ!俺は!?」



 そんな純子ちゃんに、紫苑が真っ赤な顔のまま怒鳴る。



「あー。そうなるのねぇ」



 苦笑いを浮かべる純子ちゃんに今度は私が叫んだ。



「純子ちゃーん!もうやるよ!?いいよね!?ね!?」



 ーーーまさにカオスである。


 分身を私からなんとか引き離そうと懐から札を出す紫苑に、一思いにやってやろうと小さな鎌を手に持つ私。

…と、それを呆れたように見つめる純子ちゃん。


 めちゃくちゃな状況だったが、それは紫苑の分身が妖力を失い、消えたことによって収まった。


 …やっと、解放された。



「…はぁ」



 どっときた疲れに項垂れる。すると純子ちゃんは、ぽんと私の頭に軽く触れた。



「結のも見たわよ、とてもいい出来だったわ。さすが天才2人組ね。2人とも文句なし、合格よ」



 純子ちゃんが私たちに可愛らしく、パチンとウィンクを飛ばす。



「…どちらが優れてましたか」



 そんな純子ちゃんに、紫苑はただならぬ雰囲気でゆらりと近づき、真剣な表情でそう問いかけた。

紫苑にとっては、この今から口にされる勝敗が、いつものことだが、死活問題なのだ。

 今回も私に勝つために、1年の授業をサボり、ここまで来たのだから。



「結ね。2人ともとても忠実に自分を作っていたけれど、紫苑の方が理想が強く出ていたわ。対する結はほぼ結と言ってもいい結果だった」



 迷わず断言した純子ちゃんに、紫苑が文句を言いたげに眉をひそめる。



「そ、そんなはずは…」



 けれど、それ以上言葉が出て来ない様子だったので、紫苑もどこかで純子ちゃんの判断を認めざるを得ないようだった。



「残念だったね?紫苑?今日も私の勝ち」

「…っ!!」



 悔しそうな紫苑をわざとらしく煽ってみせると、紫苑は恨めしそうにその黄金の瞳で私を射抜いたのであった。




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