2.学院
先に馬車から降りた深月が私に手を差し出す。
私はその手をいつものように取ると、馬車から外へと足を踏み出した。
まっすぐ伸びる整備されたレンガの道。
その道には、たくさんの私たちと同世代の妖たちが制服に身を包み、往来している。
ここにいる全員が目指す場所はただ一つ。
道の先にある、あの洋風の大きな学舎だ。
帝国立暁学院、通称〝学院〟。
100歳から103歳の妖が人との共存の術や、妖としての力を伸ばす場だ。
人が学ぶ姿を見て、それを真似るように作られたのがあそこだった。
人は単体だと驚くほど弱い。
なんの力もなければ、寿命も短い。
それでも長い間、妖と肩を並べ、世界中で争いを続けてきた。
妖よりもずっと弱い彼らが何故、妖と対等でいられたのか。
それは一人一人が手を取り合い、様々な物事を積み上げられる強さを持っていたからだ。
彼らは力を合わせ、学びを深め、技術を磨き、互いに補い合っていた。
その力は侮れず、時に妖をも凌ぐ強さを発揮した。
その姿を見習い、私たち東大帝国の妖は学院を作った。
東大帝国のさらなる繁栄と強さを未来へと繋げる為に。
「今日って授業だけだったっけ?放課後とか何かあったっけ?」
ふと、私の隣を歩く深月がそんなことを口にする。
「いや、深月は深夜から神園の用事でしょ?放課後どころか早退だよ」
「だったかも。結も一緒?」
「私は普通に深夜からも授業」
「ええー。じゃあ、俺も授業受ける」
「無理無理。家のこと優先でしょ。次期当主サマ」
淡々と答える私に、深月が不満げに頬を膨らませた。
そんな顔をされても、私ではどうすることもできない。
学院の生徒である以前に、深月は神園の次期当主なのだ。
優先順位はどう考えても神園の方が上だ。
「ねぇ、深月様と結様だわ」
いつものように深月と何でもない会話を繰り広げていると、生徒の誰かが遠目からそう声を上げた。
「今日も仲がよろしいわね」
「神園の次期当主様と最強の突然変異種かぁ。オーラが違うよなぁ」
生徒たちから私たちへ憧れや羨望の眼差しが向けられる。
どれもこれも私たち2人を自分たちよりもずっと上の存在として認識しているものだ。
この状況もいつものことなので、私は特に何も感じなかった。
神園の次期当主である深月と、最強の突然変異種である私。
私たちは単体でもかなり目立つ肩書きを持っているうえに、2人でいることが多い為、よくこういった視線を集めていた。
そう、私はただの死神の妖ではない。
最強の突然変異種なのだ。
妖をはじめ、人や動物は皆、交配によって、その命を誕生させる。
…が、私のような突然変異種は文字通り、親を持たず、突然10歳ほどの姿で、この世に現れる。
私たちの命の根源は、負の感情や呪いだ。
それらを元にこの世に生を受ける性質上、突然変異種というだけで、かなりの力を持つ妖となる。
さらに突然変異種が生まれること自体がとても稀で、私はその中でも、最強と言われるほど強い力…妖力を持った存在だった。
私の記憶は他の突然変異種の例に漏れず、およそ10歳の頃から始まる。
気がつけばこの世に生まれていた私は、右も左もわからぬ状態の時に、同じ歳の深月に保護され、共に育った。
その為、深月は私に誰よりも心を許し、自分専用の女中として側に置くようになったのだ。
ほんの1年前、100歳になり、学院に通うついでに独り立ちがしたいと言った私に、深月がどれほど駄々をこねてきたことか。
…が、私ももう100歳を超えた。
生まれてこの方、ずっといる神園に、いつまでも居座るつもりはない。
自分の足で生きてみたい。
もう子どもではないのだから。
私の考えを全て深月に伝えたあの時のことを、私はよく覚えている。
『絶対許さないよ、絶対に』
そう言い放ち、私の目さえも見なくなった深月に、私は何度も何度も「私の話を聞け!」と叫んだものだ。
そしてかなり言い争い、なんとか説得した結果、見事、深月の女中を続ける形で、一人暮らしという独り立ちへの第一歩を勝ち取った。
「ねぇねぇ、結」
過去の苦労に思いを馳せていると、深月が楽しそうに私を呼んだ。
「あれ見て」といたずらっ子のように瞳を細める深月の視線の先には、とある人物がいる。
ここを行き交う妖たちと同じように学ランを身にまとい歩く、綺麗に整えられた短すぎず長すぎない黒髪の人物。
深月には劣るが、それでも高身長の彼は歩いているだけでもかなり目立っていた。
…まあ、そのスタイルの良さだけが彼を目立たせているわけではないが。
彼の名前は谷 晴彦。
彼の肩には、人型にもなれない、小さな獣のような弱い妖がかじり付いていた。
だが、本人は素知らぬ顔でまっすぐ校舎へと歩みを進めている。
「晴彦せーんぱい、こんばんはー」
深月は愉快そうに晴彦先輩の元へ向かうと、まずはそう挨拶をした。
私もそんな深月に続き「こんばんは」と笑う。
私たちに声をかけられた晴彦先輩は、その瞳をこちらへと向けた。
伊達メガネの奥にある切れ長の青の瞳は私たちを捉えると、露骨に迷惑そうな色を浮かべた。
「そんな顔されると悲しいです…」
わざとらしくシュンとして見せた私だが、晴彦先輩の態度はもちろん変わらない。
「…何を企んでいる」
挨拶を返すでもなく、こちらをかなり警戒している様子の晴彦先輩に、深月は人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「肩に妖がいるよ、先輩」
そう言いながら、制服から札を取り出す。
それからその札を晴彦先輩の肩に貼ると、ゴウ!と妖ごと燃やした。
つまり、晴彦先輩の肩、突然の大炎上である。
「おっ、まえは…っ!」
大炎上する自分の肩を見て、晴彦先輩は表情を歪めた。
そこにあるのは明らかな怒りだ。
そのまま「余計なことを…!」と吐き捨てると、自身の肩をかじっていた妖を払い落とした。
「…ぐぅあ」
そして小さな悲鳴と共に、妖は灰となり、その姿をこの世から消した。




