15.擬似家族
一郎くんが観たいと言った演劇『正義の忍者、ごんざぶろう』は、ショッピングフロアから離れた場所にある、劇場で行われていた。
この大きな船内には、劇場がなんと複数もある。
さらに劇場前には様々な販売フロアが並び、作品関連の商品や軽食などが売られていた。
私と紫苑の手を、嬉しそうに一郎が繋いでいる。
私たち3人は、演劇を観る前に劇場内に持ち込めるちょっとした食べ物を買いに売店へと来ていた。
「…」
そして売店の制服に身を包んだ、見慣れた人物と遭遇した。
彼は綺麗に整えられた黒髪から覗くキリッとした青い瞳でこちらを怪訝そうに見ていた。
伊達メガネをクイッと直し、瞳を細めている。
「大変だね、旅行中も働いて」
哀れみの視線を売店で働く晴彦先輩に向けると、晴彦先輩は「うるさい」とこちらを睨んだ。
「生活がかかっているからな。ここでのバイトは時給もいいし、そんな目で見られるような…」
つらつらと言葉を並べていた晴彦先輩が突然止まる。
珍しいものでも見るかのように開かれた瞳の先には、紫苑と私の間にいる一郎くんの姿があった。
「…人間の子ども?」
じっくりと一郎くんを見た後、不思議そうに晴彦先輩がそう呟く。
それから、私たちから一郎へ、一郎くんから私たちへと、何度も何度も忙しなく視線を動かしていた。
晴彦先輩の反応も頷ける。
私たちはどう考えても変な3人組だ。
幼い人間の子どもの一郎くんに、狐森のお坊ちゃまの紫苑。
まるで私がたった1人で2人のお守りをしているようだ。
「…」
困惑している晴彦先輩に、この状況の元凶の1人のくせに、特に何も説明しようとせず、無言を貫く紫苑に、私は呆れを通り越して、むしろ感心した。
このおかしな状況を説明する役…私がいるので、「自分は無関係です」といった態度が取れるのだろう。
「いや、実は…」
仕方がないのでこの不思議な状況を説明する為に、私は徐に口を開いた。
そうして簡潔に全てを伝えた後。
「…そうか」
晴彦先輩はなんとも言えない表情になった。
笑うでもなく、呆れるでもない。
本当に力の抜けたような表情だ。
晴彦先輩は少し考えるように黙った後、「ちょっと待ってろ」と言い、裏へと姿を消した。
ーーーそして。
「これ」
晴彦先輩は手に小さな忍者のようなキャラクターのキーホルダーを持って戻ってきた。
「ご、ごんざぶろう!?」
晴彦先輩の手にあるキーホルダーに、誰よりも早く反応したのは一郎くんだった。
ものすごくキラキラした目でキーホルダーを見つめている。
あ、あれが、ごんざぶろう…。
「これを君に」
「わー!やったー!」
晴彦先輩にキーホルダーを渡された一郎くんは本当に嬉しそうに表情を綻ばせた。
そんな一郎くんに、晴彦先輩はその瞳を柔らかく細めた。
決して笑顔ではないが、優しさの伝わる表情だ。
「この2人は決していい存在ではないが、君を必ず守ってくれる。早く母親に会えるといいな」
私たちを褒めているような、貶しているような晴彦先輩の言葉に、私と紫苑は複雑な表情を浮かべ、一郎くんはさらに嬉しそうに笑った。
*****
晴彦先輩と別れた後、軽食のサンドイッチとポテトとジュースを持って、私たちは劇場へと向かった。
紫苑は劇場内でとても眠たそうにしていたが、私は違った。
『正義の忍者、ごんざぶろう』が思いの外面白く、一郎くんと一緒に食い入るように見ていた。
演劇鑑賞後、お昼ごはんを食べ、午後3時。
天井のステンドグラスから降り注ぐ太陽の光を浴びながら、私たちは小さな子どもがたくさん遊んでいるアスレチック広場へと来ていた。
「も、もう…、限界です…」
一郎くんから手を離し、その辺にあったソファへと、ぼすっと紫苑が座る。
本来、この時間は妖は眠っている。
眉間にシワを寄せ、なんとか目を開けている紫苑だが、いよいよ限界が来たのだろう。
「…結先輩、あとは頼みます」
紫苑はそう言うと、その場でゆっくりとまぶたを閉じた。
太陽の光を浴びて、紫苑のホワイトブロンドの髪がキラキラと輝いている。
顔に影を落とす長いまつ毛はとても美しく、瞳を閉じていても綺麗なのだ、とわかる。
周りに疲れた人間の大人たちがいる中、眠る儚げ美少年は、ここではとても異質な存在だった。
対する私は疲れを感じる部分もあるが、紫苑みたいにとても眠たいわけではなかった。
喫茶浪漫でたまに人手不足で、昼頃にバイトをする時もあるため、耐性があるのだ。
「一郎くん、紫苑、疲れているみたいだから、私と一緒に遊ぼっか」
「うん!」
私の問いかけに一郎くんはいい笑顔で頷いた。
*****
それから私と一郎くんはアスレチックで思いっきり遊んだ。遊具を登っては降り、滑り台を滑り、ボールのプールに飛び込む。
何度目かわからない滑り台を滑った後、またアスレチックの1番上へと一郎くんと登ると、ふと、紫苑の姿が目に入った。
ソファに座る人たちの中で、紫苑もどこか気だるげに座っている。
まだとても眠たそうだ。
ーーーそうだ。
私は今頭に浮かんだ考えを形にする為に、制服の内ポケットから札を取り出した。
「…?結お姉様?」
私の様子に、一郎くんが不思議そうに首を傾げる。
私はそんな一郎くんに一度視線を向けると、イタズラっぽく笑い、札に妖力を込めた。
すると札は紫の光をまとう、美しい蝶へと変わった。
それに、ふぅ、と息を吹きかけ、紫苑の方へと向かわせる。ゆらり、ゆらり、と、蝶が上から下へと踊るように移動していく。
キラキラと輝きながら舞う蝶は、ふとその姿を目にした者たちの視線をどんどん奪っていた。
そしてその蝶は、ひらひらと紫苑のもとまで辿り着くと、戯れるように紫苑の周りを飛び回り始めた。
「…」
それを紫苑が鬱陶しそうに見つめ、時折手で払っている。
その様子がおかしくて、私はついクスクスと笑ってしまった。
「あれ、お姉様がやったの?」
「そうだよ、綺麗でしょう?」
「うん!」
キラキラと瞳を輝かせ、興奮気味に蝶を見る一郎くんの笑顔があまりにもかわいらしくて、胸が温かくなる。
かわいい。
かわいいかわいい存在、一郎くんを私は両腕で抱き抱えると、「紫苑ー!」と呼んだ。
一郎くんも「紫苑お兄様ー!」と明るい声で紫苑を呼び、手を左右に振っている。
「…」
私たちに気づいた紫苑は一瞬だけ目を丸くすると、柔らかくその黄金の瞳を細めた。




