14.迷子
私の袖を引く者は一体誰なのか。
疑問を抱きつつも、後ろを振り向くと、そこには大変美しい美少年、紫苑がいた。
綺麗なホワイトブロンドの髪から見える黄金の瞳には、何故か「助けてくれ」と書いてある。
…何故?と思ったと同時に、私は紫苑と共にいる少年の存在に気付いた。
黒髪黒目の5歳くらいの男の子が涙目で紫苑と手を繋いでいる。
妖力もなく、この子はどこからどう見ても人間の子どもだ。
普段は人に世話を焼いてもらっている狐森家のお坊ちゃまの手に何故、世話を焼く必要のある存在が…?
紫苑の置かれている状況が全くわからない。
紫苑も紫苑で、何か説明するでもなく、無言の圧を私にかけ続け、私はますます困惑した。
そんななんとも言えない空気が流れる中。
最初に口を開いたのは、人間の男の子だった。
「…お、おかあさま、がいない」
喋り出した途端、男の子のその大きな黒目からポロリと涙が落ちる。
ーーー迷子。
男の子の様子に、その言葉が私の頭の中をよぎった。
子ども(紫苑)が子ども(男の子)を連れている。
改めて紫苑たちを見て、私はそう思った。
紫苑は相変わらず無表情だが、この状況に明らかに困っているように見える。
紫苑の性格ならさっさと男の子を振り払ってどこかに消えてしまいそうなものだが。
私の何か言いたげな視線に気付いたのか、紫苑はやっと状況を説明するように口を開いた。
とてもぐったりとした様子で。
「…俺が1人でいるところにこの子に突撃されたんです。どうやら俺を自分の母親と勘違いして、ずっと追いかけてきていたようで。当然、アナタが考えている通り、誰かのお守りなど御免ですから、さっさと迷子案内所に連れて行こうとしたんですけど…」
そこからの紫苑の話をまとめるとこうだった。
迷子案内所に連れて行ったはいいものの、男の子が紫苑と離れることを泣いて拒否。
仕方ないので、ご両親が見つかるまでは預かることになり、渋々それを受け入れたらしい。
だが、紫苑が誰かのお守りなど当然、できるはずもなく。
やっとこさ戻ってきた凪に、押しつけ…いや、共にお守りをしようと、言ったが、なんと男の子がそれを拒絶したらしい。
一緒に行動しようとした凪を見て、それはもう酷く泣いてしまったのだとか。
結果、紫苑はこの子を1人で見ることになったみたいだった。
…凪、ご愁傷様。
悪いやつじゃないし、紫苑よりもずっと人当たりがいいのにね。
「し、紫苑が、お、お母様、かぁ…っ。ふふ、紫苑、綺麗だもんね…っ。それで、紫苑がお守り…っ。ふっ、お守りされる側なのに…ふふっ」
紫苑の置かれている状況があまりにもおかしすぎて、思わず肩を揺らしてしまう。
本人が大変迷惑被っているところがますます笑えてしまう。
笑ってはいけない、と思えば思うほど止まらない笑いに、紫苑はギロリと私を睨んできた。
そうだ、紫苑にとっては笑えない状況だ。
「んん」
わざとらしく咳払いして、なんとか気持ちを切り替える。
男の子を見れば、まだ静かに泣いている。
その姿が私には、本当は今すぐにでも大きな声で泣き出したいが、それを何とか必死で堪えているように見えた。
このままじゃいけない。
状況を改善しようと、私は制服の内ポケットから1枚札を取り出す。
それから男の子と目を合わせるようにその場にしゃがむと、札に妖力を込めた。
すると、札はみるみる内に姿を変え、抱き抱えるのに丁度いいサイズの猫のぬいぐるみになった。
「これ、いる?」
すっと私から差し出されたぬいぐるみに、男の子が目をぱちくりさせる。
「いる…!」
そして数秒後、状況を理解した男の子は目を輝かせ、それを嬉しそうに受け取った。
これで男の子の心もほんの少しは晴れただろう。
「じゃあ…」
男の子の頭を軽く撫でた後、さっと立ち上がり、私はその場から離れようとする。
だが、それを紫苑は許さなかった。
「なんでどこかに行こうとするんですか。この流れは一緒にお守りする流れでしょう?」
「いや、その子、紫苑以外はダメなんでしょう?私はもので釣っただけだからいつ拒否されるかわかんないし…」
怪訝そうな紫苑に、私は呆れたように笑う。
人の良い笑顔を浮かべられる凪を拒否するなら、私のことだって十分拒否する可能性はあるだろう。
それに男の子の目には、もうあの不安げなものはない。
何かない限り、また泣き出しそうになることは…。
「…お姉様も一緒がいい」
今まさに笑っていた男の子がまた瞳を潤ませて私の顔をまっすぐ見つめる。
「…」
「だそうですよ。お姉様」
男の子とパチっと目の合った私に、紫苑は淡々とそう言った。
…まぁ、どうせ1人で暇してたし、いいか。
「わかった。私も一緒に行くよ」
「お姉様!」
やれやれ、といった感じで柔らかく微笑むと、男の子は嬉しそうに紫苑から離れ、私に抱きついてきた。
その姿を見て、紫苑は安堵した表情を浮かべていた。
男の子の喜んでいる様子に…というよりは、1人でお守りする必要がなくなったからなのだろう。
「僕、一郎!演劇観たい!正義の忍者、ごんざぶろうの!」
先ほどまでの涙はどこへやら。
晴れやかに笑う男の子…、一郎くんに私は笑った。
悲しい気持ちが晴れたようで、まずはよかった。




