13.散り散りの女子会
耳に入ってきた声は、上品な落ち着きのあるものだった。
おそらく声の持ち主は、ここに相応しい上流階級の者なのだろう。
「怖い世の中ね」
「でもその行方不明者の大半は強い妖だとか…」
「じゃあ大丈夫ね。私、人間だもの」
「何を言っているの。強い妖でもやられるってことは、同じものに狙われたら私たちじゃひとたまりもないわよ?」
「嫌ねぇ」
聞こえてきた上品な方々の噂話に、菜美はなんでもないように笑った。
「よく聞くやつじゃん」
「こ、怖いよね…。強い妖が狙われているなら私たち対象だし…」
菜美とは正反対に、血の気が引いている理華。
そんな理華の肩を私はぽん、と軽く叩くと、「大丈夫、大丈夫」と軽く笑ってみせた。
所詮、あれは噂にすぎない。
怖がるようなものでもないし、仮に本当だとしても、学院に通えるような妖がそこら辺の妖に簡単にやられるとは思えない。
理華だけが暗い表情を浮かべ、菜美と私は変わらず目を輝かせ続けていると、突然、菜美がある場所で止まった。
「ちょっと待って。とんでもなく美味しそうな人間がいる」
菜美の視線の先、私たちの少し前には、立ち止まって何やら話をしている和服姿の青年が2人いた。
談笑している彼らを見て、菜美はそのピンク色の瞳をギラリと光らせている。
肉食獣が獲物を見つけた、そんな輝きだ。
妖は人間の肉体と魂を食べることをかなり好む。
西の妖は、その本能に忠実でよく人間を食べているが、東では共存を選んでいるため、当然、法律でそれを禁じられていた。
人間を食事として食べたいだなんて、全くもって理解できない欲望だ。
まぁ、私のような考え方の方が稀であり、おかしいのだが。
現に菜美は妖らしく、人間を食べることが好きだった。
食的にも、性的にも。
食的には、簡単に食べられない人間だが、性的にならいくらでも食べられる。
その為、菜美は好みの人間、あるいは妖を見つけると、すぐに食べようとするところがあった。
「ちょっと、あれ食べてくる。逃せない」
菜美は怪しく微笑み、ペロリと舌なめずりをすると、私たちからふらっと離れた。
私や理華が何かを言うよりも、ハンターの動きは驚くほど早かった。
形の良い菜美の唇から、美しい歌声が奏でられる。
その歌に青年たちはハッとすると、歌声の持ち主を見て、頬を赤く染めた。
彼らはもう菜美の虜だ。
あれこそが、人魚の妖である菜美の能力だった。
自分よりも弱い存在を人魚は歌で魅了することができるのだ。
「ご愁傷様」
気がつけば菜美に跪いている青年たちに、私は哀れみの目を向けた。
菜美に魅了され、泣かされてきた男たちをどれほど見てきたことか。
「菜美さんでなければ満たされない!」と言っていた男たちはこれからきっと天国を見るが、その引き換えとして一生、その天国を拝むことのできない体になってしまうのだろう。
「か、彼らの無事を祈るばかり、だね」
理華も私と同じような眼差しを彼らに向けると、瞳を閉じ、礼儀正しく一礼をした。
ーーーその時だった。
「理華ぁああ!」
後ろから誰かが理華の名前を呼んだ。
…いや、叫んだ。
そしてそれと同時に、ド!ド!ド!ド!とものすごい勢いでこちらに迫る足音が聞こえてきた。
この忙しなさ、間違いない、あの人だ。
「し、師匠!?」
後ろから私たちにすごい勢いで迫ってきた長髪の男に、理華は驚いたように目をぱちくりさせた。
制服である学ランの上から白衣を着ているとても変わった出で立ち。
灰色の癖のある長髪を後ろにまとめ、青紫の瞳をギラギラと輝かせている彼は、私たちの先輩である、鬼の妖の門野勝信先輩だった。
「そうだ!お師匠様だぁ!」
理華の元まで来た勝信先輩が、理華の頭を乱暴に撫でる。
そんな勝信先輩に、理華は「し、師匠…」となんとも言えない顔をして、眉を下げていた。
何故、理華が勝信先輩のことを師匠と呼ぶのか。
それは2人の特殊な関係からくるものだった。
理華は魔女だ。
魔女は基本、その名の通り女しか存在せず、親が魔女ではない限り、突然変異種であることが多い。
理華も突然変異種で、そんな理華を保護したのが、勝信先輩だった。
理華にとって、勝信先輩は育ての親でもあるのだ。
「理華、俺の一番弟子よ。ここにはいろいろな科学が充実している。妖術化学に非常にプラスになることだらけだ。で、あるならばやることは一つだろう」
ふふん、と横目で理華を見る勝信先輩に、理華が不安げな顔をする。
この後、何を言われるのか察している、そんな顔だ。
私もこの展開に、見覚えしかなかった。
去年の豪華客船の旅でも、まさにこのようなことがあった。
「全ての科学を調査するぞ!端から端まで全てを網羅だ!」
「えぇ…っ、ぜ、全部って、そんな…」
どーんと胸を叩き、拳をあげた勝信先輩とは対照的に、理華は青い顔で肩を落とした。
勝信先輩はこの様子から分かるように、重度の科学愛好家だ。
その活動は愛好家の域に留まらず、なんと、まだ歴史の浅い科学と妖術を掛け合わせた妖術化学の先駆者でもある。
「去年もここの調査をくまなくしました…、師匠。もう調べることなんて…」
「ある!去年と微細だが違うところがあるからな!」
「わ、私は今、結と遊んでいます。去年は師匠と眠らず調査をしました。今年は結と…」
「結ちゃんとはいつでも遊べるだろう!?だが、この貴重な機会は今しかない!そうだろう!?」
声音は弱々しいものだが、なんとか勝信先輩に抗議をする理華に、勝信先輩はそれをかき消すように言葉を並べる。
さらにはその勢いのまま、ギラギラとした青紫の瞳でこちらをまっすぐと見つめてきた。
「…まぁ、はい」
「だよなぁ!!!!!」
歯切れの悪い私の返事など、気にもせず、まるで全肯定されたかのように、勝信先輩がいい笑顔で頷く。
この状態の勝信先輩を一体誰が止められるというのだ。
「よぉし!結ちゃんの許可も下りたことだし行くぞ!理華!」
「そ、そんなぁ…」
こうして理華は豪快に笑う勝信先輩に、去年と同じように渋々連れて行かれたのであった。
ああ、1人になってしまった。
予期せぬ展開にこれから何をしようか、とぼんやりとショッピングモール内を眺める。
もうそこには、理華の背中も、菜美の姿もない。
ショッピングは理華たちとしたいしなぁ、と思っていると、制服の袖を誰かがぐっと引っ張った。




