12.旅の幕開け
窓の外にある木々が風に吹かれ、ざわざわと揺れている。
秋から冬へ冷たくなり始めたその風は私たちに冬を知らせていた。
あの世界のお偉いさん方が集まった会合から1ヶ月。
私は今日も変わり映えのない平和な1日を過ごしていた。
「えー。じゃあ、今配られたプリントを見てー」
少し気だるげに、教壇の前でプリントに視線を落とす、艶っぽく怪しげな男性。
綺麗な長めの髪を耳にかけ、プリントを見つめる瞳は左右で色が違う。
右が黒色で、左が黄色。
黒く長いコートを着ている彼は、私たちのクラスの担任である、天狗の妖、佐久間透先生だ。
私をはじめ、隣にいる深月や菜美や理華は自分の席に座り、透先生の話をじっと聞いていた。
「明後日の朝から人の世界に触れるという趣旨で、人も妖もいる1泊2日の豪華客船の旅に全学年で行きます。人の世界を知る、人との共存を肌で学べる貴重な場だよ。問題を起こさないようにね」
淡々とした透先生の説明に、ふと去年の今頃のことを思い出す。
私の学年は2年。
当然、1年前も全く同じ豪華客船の旅に参加した。
一応、教育の一環として行くものだが、この旅はとても楽しいものだ。
移動する手段のものとは思えない一つの大きな街のような船内。
買い物に、食事、観劇、パーティーに、海上の花火まで。
あそこには楽しいことがたくさん詰まっている。
今年は何をしようかなぁ。
海上花火は当然見るとして…。去年行けなかったレストランに行きたいし、素敵な雰囲気の喫茶店もあったなぁ。
お買い物もほんの少しなら…。
「楽しみだね、結」
早速何をしようか、と口元をついつい緩めながら考えていると、右隣にいる深月が小さく声をかけてきた。
柔らかな赤い瞳が優しくこちらを見つめている。
「あっちで何しよっか」
深月にそう言われて、私は視線を左下に落とし、唇に手を当てた。
「悩むよねぇ。でもとりあえず海上の花火は絶対見たい。あれ、本当に綺麗だったし。今年も上がるよね?」
「うん。上がるよ」
「やった。じゃあ、花火は絶対見よ、深月」
「そうだね」
深月と小声で話すうちに、どんどん旅への期待が膨れ上がっていく。
旅に行くのももちろん楽しいが、行くまでのこういった時間もなかなかいいものがある。
旅費は全て学院持ちだ。
その為、私がお金を使うとしたら買い物だけだ。
そのくらいなら私のバイト代でも十分楽しめる。
「レストランは去年行けなかったとこね」
「うん、結が好きそうなところまだまだいろいろあったよね」
「そうなのよ。迷う…」
深月と笑顔で話しながら、私は明後日の船旅へと思いを馳せた。
ああ、楽しみ!
*****
雲一つない青空に、太陽が輝く。
朝9時。
妖たちが1日を終える時間。
そして人が1日を始める時間に、私たちは煌びやかな豪華客船へと来ていた。
去年も思ったが、船内はまさに豪華絢爛な街である。
「ここでしか買えない服買お!ドレス!ドレス!」
学院の制服、紺のセーラーを揺らしながら、興奮気味に菜美がショッピングエリアを見つめる。
「そ、そうだね。帝都だとブティックより、呉服屋が多いから…」
そんな菜美の横で、理華も遠慮がちにだが、どこか目をキラキラと輝かせていた。
「セクシードレス買うわよぉ〜!」
「私は露出は控えたいな…。あと黒がいい」
きゃっきゃっと楽しそうにしている友人2人に、思わず笑みが溢れる。
本当にかわいい2人だ。
ここは船内にあるショッピングエリア。
1階から4階まであるここは、真ん中が吹き抜けになっており、どこからでもショッピングエリア内を見渡せる。
さらに天井は全面ガラス張りになっており、太陽の光が注がれる明るい場所となっていた。
豪華客船の旅が始まり、まず各部屋に荷物を置いた生徒たちは、こうして自由な時間を謳歌していた。
私は菜美と理華と一緒に、楽しくショッピング中だ。
深月も一緒がいい、と私たちについて来ようとしたが、菜美に
「ついて来ないで。ここからは女子の時間よ」
と、冷たく言われ、追い払われて……しまうわけもなく。
そこから怒涛の言い争いが始まった。
「ついて行くよ?女子の時間とか俺には関係ないし」
「関係あるわ。アンタは女子じゃないでしょ?」
「?そうだね。でも、俺と結はいつでも一緒だからね」
「いつでも一緒でいいわけないでしょう!?」
「いいんだよ。結は俺のだもん」
「違うわ!このクソサイコパスボンボン!」
「人も妖も食い散らかしている人にそう言われるのは心外だな」
柔らかな笑顔の深月と迷惑そうに表情を歪めていた菜美。
正反対の表情を浮かべていた2人だが、その瞳はとても鋭かった。
結局、いつも通りこの言い争いは平行線で、終わりなど当然見えるわけもなく。
最終的には、私が仲裁に入り、夕方までは深月と離れることになったのだ。
深月はその辺を散歩してから寝ると言っていた。
まぁ、本来この時間は妖なら寝る時間だ。
豪華客船が物珍しくない限りは寝る、という妖もいるだろう。
私たちのような妖ならもちろん寝ずに遊ぶの一択だが。
「どこ、入ろう…!」
楽しそうな2人の横で、私も目を輝かせて店を物色する。
私の手にはまだ何もないが、菜美と理華の手にはすでにもう戦利品があった。
菜美の手には、ここでしか手に入らないらしいコスメが、理華の手には美しい控えめな理華らしいアクセサリーがある。
夢中になって、次の店に視線を向けていると、ふと、数名の女性たちの不安げな声が聞こえてきた。
「最近、行方不明者が多発しているらしいわよ」




