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死神の鳥籠〜激重感情に囲われまして〜  作者: 朝比奈未涼


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11.世界の縮図




 深月を呼んだ低く落ち着きのある声音には、威厳が滲み出ていた。

 声だけで全てを従わせるような深みのあるこの声の持ち主は、深月の父親であり、現神園家当主の神園深(かみぞのしん)様だ。


 私たち3人の視線を一身に受けた深様は、感情のわからない冷たい表情でこちらを見つめていた。


 深い青色の綺麗に整えられた髪に、赤色の瞳。

深月によく似た顔立ちをしている深様だが、浮かべる表情が深月とは全然違う為、同じような印象は抱かない。

 冷たく感情を表に出さない深様は、威圧的で、まるで氷のような人だった。


 そんな深様の赤い瞳が深月から一条桃矢へと向く。



「桃矢か。西の皇太子として励んでいるか」

「ええ。それなりに」



 冷たい深様からの言葉に、一条桃矢は礼儀正しく、けれどどこか不敵に微笑んで答えた。



「悪いが私は深月に用事がある。連れて行っても?」

「構いません」

「悪いな、桃矢」



 いつも通り、上に立つ者の威厳を放つ深様に、礼儀を崩さない一条桃矢。

 2人のやり取りを見て、私は改めて西の一条と、東の神園は同等の一族なのだと感じた。

同じ死神のトップに立つ一族なのだ、と。



「深月、行くぞ」

「はい」



 深様に声をかけられ、深月が慣れた様子で柔らかく頷く。



「それでは、俺たちはこれで」



 そしてわざとらしく丁寧に一条桃矢に一礼すると、私の腰に手を回し、そのまま私とこの場を離れようとした。

 …が、それを見て、深様は深いため息を吐いた。



「深月、結は置いていけ。結には聞かせられない話だ」

「…」

「抗議されても同じこと」



 呆れたようにほんの少し眉を動かした深様に、深月は笑みを浮かべたまま無言で抗議する。

 しかし、深月はきちんとわかっていた。

自分の行動がいかに無意味であるかを。



「…わかりましたよ」



 少しして、深月は仕方なさそうに息を吐くと、私から名残惜しそうに手を離した。



「結、あとでね」

「うん」



 美しい赤色の瞳が、寂しそうに私の瞳を覗く。

それから深月は、壊れ物でも扱うように優しく私の髪を撫でると、深様と共にこの場から離れた。


 全く…。少し離れるだけで大袈裟なんだから。

あれでは今生の別れのようではないか。

よくこうやって離れるというのに。



「結」



 しばらく小さくなっていく深月の背中をなんとなく見つめていると、私の目の前にいた一条桃矢が改めて私の名前を呼んだ。


 ここにはもう深月はいない。

一条桃矢のお相手は私がしなければならないのだ。

相手は西の皇太子様。粗相のないようにしなければ。


 気を引き締め、改めて一条桃矢を見ると、その銀色の瞳とバチっと目が合った。



「ふむ…。やはり見れば見るほど、力強い。そして美しいな」

「ありがとうございます」



 まるで獲物を物色するかのような一条桃矢に、私は動じることなく、笑みを浮かべ、淡々と応える。

そんな私に一条桃矢はさらに愉快そうに瞳を細めた。

 そしてそのまま私の顎を掴むと、クイッと上を向かせ、私の瞳を覗き込んできた。



「血のような濃い赤い瞳は、まるで誰かを殺してきた色のようだ。その力をどれほど振るってきた?」

「…」



 妖は強ければ強いほど、弱い者に対して残酷になる。

その力で簡単に命を奪う。


 しかも私は死神の妖だ。

死神の妖は、その特性上、命を奪うことに特化している。

死神が必ず持つ、死神の鎌。あれは自分よりも弱い者なら、人でも妖でも、誰の魂でも狩れるものだ。


 彼は2つの意味で、私に聞いているのだろう。

強者として、他の者の命を奪ってきたのか。

死神として、魂をどれだけ狩ってきたか、と。


 一条桃矢は根っからの妖気質で、強い者が本当に好きらしい。


 ここは波風立たせず、彼の気に入る当たり障りのない答えを言えばいい。



「それなりに」



 誰かの命を奪ったことなどない。

 誰かの魂を狩ったことなどない。


 それでも強い妖らしく、私は仮面のような笑みを浮かべた。


 おかしいのは私の方なのだと、私だって十分わかっている。

けれど、やはり強いからと誰かの命を奪うとは、到底思えない。


 私の答えに、一条桃矢はおかしそうに、くくっと喉を鳴らした。



「バカな女だ。この俺にそんな嘘が通用するとでも?」

「…」



 まるで全てを見透かしているかのような銀色の瞳が、獲物を逃がすまいとギラギラと輝いている。


 嫌な汗が背中を伝う。

 心拍数も上がっている。


 …何なの、コイツ。


 何を言えばいいのか、どうすれば満足なのか、と平静を装いながらもぐるぐると考えていると、一条桃矢の横に袴姿の従者のような男が現れた。



「桃矢様」

「…なんだ」



 先ほどまでの上機嫌が消え、明らかに面白くなさそうな顔をする一条桃矢。

楽しい時間に水を差された、と顔に書いてある。



「あちらで狐森の一族の方がお待ちです。どうやら最後にもう一度挨拶がしたいとか」



 従者がそう言い、視線を向ける先には、紫苑を始め、狐森の一族がいた。



「…狐森か」



 従者と同じように、狐森の方へと視線を向け、一条桃矢は意味深に瞳を細める。

 それから「無碍にはできないな。大切なお相手だ」と言うと、私から手を離した。


 …やっと、解放された。



「今行くと伝えろ」

「はっ」



 一条桃矢からの指示に、従者は紫苑たちの方へと向かう。

 その流れで、何となく紫苑に視線を向けると、紫苑とパチっと目が合った。


 紫苑は私を見つめ、眉間にシワを寄せながら迷惑そうにため息を吐いた。


 「手のかかるやつ」と言いたげな紫苑の黄金の瞳に、思わず、胸が温かくなる。

あれは紫苑の助け舟だったのだ。


 紫苑の優しさに、先ほどの緊張が解け、私は柔らかい笑みを浮かべた。

 紫苑はこめかみに手を当て、何やら悩ましげだ。



「結」



 紫苑のことを見つめていると、また一条桃矢に声をかけられた。


 もう早く狐森のところへ行って欲しい。

 お偉い方との駆け引きは疲れる。



「西はお前のような存在を歓迎する。いつでも来い」



 一条桃矢は怪しくそう言うと、軽やかな足取りで、狐森一族のもとへと向かった。

 そんな一条桃矢の後ろには、変わらずあの女中のような女の子がいる。



「…はぁ」



 やっと離れてくれた存在に、私は息を吐いた。


 もう正直、1人では対応したくない相手だ。

 あの銀色の瞳が苦手だ。

まるで全てを見透かすような、まっすぐで覇気のある瞳が。


 紫苑にまたあとでお礼を言わないと。

紫苑のおかげで息を吸えるようになったのだから。


 私を助けてくれた救世主の方へもう一度視線を向けると、紫苑は涼しい顔で、一条桃矢や狐森の一族と談笑していた。



 ボウ!と視界の端にあるビュッフェフロアから大きな火柱が上がる。


 わぁ!と上がる歓声の中心には、晴彦先輩がいた。

 相変わらずあそこは盛り上がっており、この会場一、妖や人が集まり、賑わっている。


 にこやかに微笑み合い、目と目を合わせる妖や人。


 一見、平和なこの空間には、それでもどこか難しい空気が流れていた。


 北のお堅い貴族は人間同士で固まり、妖には最低限の対応を。西の妖も同じくあまり人間とは関わろうとはせず、関わってもこちらも必要最低限。

 東は自由で、様々な者と交流し、南は顔色を伺いながらも当たり障りのないことを言い、全体のクッションになっている。


 ーーーこれが今の世界の縮図だ。


 私はその辺にいたウェイターからグラスを受け取ると、

それに口をつけ、そんな世界の縮図をぼんやりと眺めた。




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