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第5章 ―こたえがわかる―

【1年生1学期 英語・中間テスト】


英語を嫌いになって。言葉から逃げ始めた日。


不思議と、前みたいには震えていなかった。

胸の奥に、まだ熱が残っている。


あの森。

言葉を叫んで。

走って。

戦った時の熱。


「……なんか」


鏡を見る。


「……いける」


根拠なんてない。

言葉にした瞬間、体が少しだけ熱くなった。


僕はプリントを掴む。

前の僕なら絶対にしなかった勢いで、部屋を飛び出した。



教室は、妙に静かだった。

みんな、必死に教科書を捲っている。


  「渡来、昨日勉強した?」


隣の田中が、絶望した顔で聞いてきた。


「……まあ」


  「うわ、余裕そう。終わったわ俺」


田中が机に突っ伏す。


  「am とか is とか are とか」

  「何が違うんだよ。be動詞?何が be だよ」


あの街に入った時の僕と同じ顔。


頭の中に、二本の枝が浮かぶ。

【 = 】


I am Haruto.


あの世界で、何度も叫んだ感覚。

 それが、まだ体に残っていた。


テスト用紙が配られる。

紙の擦れる音。

椅子の軋む音。


心臓は静かだった。


問題を見る。

 1.( )に適切な言葉を入れなさい

 (1) I ( ) Mike.

 (2) You ( ) my friend.

 (3) He ( ) not a student.

 (4) We ( ) in the library now.


手が動く。

わからない記号じゃない。


意味が。

形が。

見える。


  「はい、そこまで」


先生の声。顔を上げる。

気づけば、全部埋まっていた。


  「渡来、どうだった?」


田中が覗き込んでくる。


「……まあまあかな」


  「1番の問題って、全部 am にしたわ」


ーI am fight.

頭の中で、あの時の自分の声が蘇った。


思わず吹き出す。


「……わりと、やるよな。それ」


  「え?」


「いや、なんでもない」



放課後。

夕日が、教室を赤く染めていた。


窓の外。

グラウンドから、野球部の声が聞こえる。


野球。


胸の奥が少しざわつく。


中1の時。


チームになじめなかった。

一人で帰った。


「やめます」

そう言って逃げた。


……違う。

もっと前。


小2の時。


おばあちゃんが、グローブを買ってくれた。


少し大きかった。

革の匂い。

 嬉しかった。


入りたかった地元の野球チーム。


みんな、声が大きくて。

みんな、ちゃんとしていて。

 僕だけが、うまく笑えなかった。


グラウンドへ向かう道。

何度もお腹が痛くなった。


三回目の帰り道。

足が動かなくなった。


やめると言った夜。

家に監督が来た。


玄関の向こうで、低い声が続いていた。


  「逃げるな」

  「続けろ」

  「甘えるな」


僕は、部屋の隅で耳を塞いでいた。


おばあちゃんは、何も言わなかった。

僕の頭を、何度も撫でてくれた。


その手は。

 あたたかい手。



廊下を歩く。

掲示板の前で、足が止まった。


【野球部 部員募集中 】


目が離せない。


逃げた場所。

関係ない。


ーI fight.


森。

草原。

風。


枝を握って、前へ踏み出した時の感覚。

右手に残っている。


「……やってみたい」


小さく、声が漏れた。


誰かに言われたからじゃない。

 言葉が、先に出た。



夜。


タンスを開ける。

奥の箱。


ずっと触っていなかったグローブ。

少し硬くなっている。


革の匂い。

小学校の頃のままだった。


ベッドに座る。

膝の上に置いた。


窓の外から、夜風の音が聞こえる。


新しいグローブ。

革の匂い。


地元の野球チーム。

お腹。

監督。

怒鳴り声。


おばあちゃん。

あたたかい手。


右手が動く。


枝はない。

感触は、残っていた。


【野球部 部員募集中 】


あたたかい手。

おばあちゃん。


怒鳴り声。

監督。

お腹。

地元の野球チーム。


革の匂い。

新しいグローブ……


草原。

森。

木の枝。


「でも……やってみたい」

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