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第4章 ー元の世界に戻れないー

目を開けると、アリアがいた。

昨日から、三人になった。


  「行くぞ」


「……どこに」


  「森」


アリアは何も言わない。

少し後ろを歩いている。


風が吹く。

 銀色の髪が、静かに揺れた。



森に入る。

すぐに、気配が動く。


茂み。

低い唸り声。


一本の枝を握る。

昨日より、体が軽かった。


「I run!」


先に声が出る。

景色が流れた。


魔物の横を抜ける。

遅れて、風が頬を叩いた。


「……っ」


笑いそうになる。

速い。


「I jump!」


地面が遠ざかる。

上から、枝を振り下ろす。


「……おお」


思わず声が漏れた。


  「次」


ミッチの声。


二匹。


「I run!」

 走る。


「I strike!」

 光が弾ける。


一匹。

もう一匹。

倒れる。


止まらなかった。

言葉を変えるたび、体が変わる。


先に言葉が走る。

後から自分が追いかけているみたいだった。


  「……終わりだ」


静かな森に声が響いた。

息が熱い。負。嫌じゃなかった。

 むしろ、もっとやりたかった。


アリアが、隣に来た。


  「さっきの言葉」


「え?」


  「遅かった」


「……遅かった?」


アリアは、僕の足元を見る。


  「動いてから、言ってた」

  「言葉が先」


小さな声。


「先?」


  「先に言葉。あとで、体」


ミッチが、腕を組んだまま口を開く。


  「言った通りに、お前がなる」


風が吹く。

枝が揺れる。


言葉が先。

体は後。

まだ、よくわからない。


なんとなく、すごいことだけはわかった。


もう一度、枝を握る。

茂みが揺れる。


飛び出してきた爪が目の前に。

反射的に叫ぶ。


「I strike!」


次の瞬間。

そこに、爪はなかった。


遅れて、心臓が跳ねる。

「……うわ」


アリアが、少しだけ目を細めた。

笑ったようにも見えた。



訓練が終わる。

三人で、草原へ出た。


空が広かった。風が暖かい。

遠くまで、何もない。


その広さが、少しだけ怖かった。


「……ミッチさん」


  「なんだ」


「元の世界って、どうなってるんですかね」


  「知らん」


いつもの答え。


「いや、知らんって……」


  「知らんもんは知らん」


またそれだ。

急に、胸の奥がざわついた。


家。

お母さん。

学校。

受験まで半年。


僕が消えたあと、どうなったんだろう。


枝を見る。

ふと、あの声が頭をよぎった。


――逃げ方を間違えるなよ。


喉が、少しだけ固くなる。


「……ミッチさん」


  「なんだ」


「ちょっと、試したいことがあって」


ミッチはただ、少しだけ目を細めた。


二本の枝を並べる。

【 = 】


胸がうるさい。


「I am in――」


言葉が止まる。

嫌だったはずなのに。


それでも。


「――元の世界!」


光が弾けた。

真っ白に広がる視界。


その向こうに、ミッチの顔が見えた。

 ……笑っていた。



柔軟剤の匂い。

テレビの音。

白い天井。

壁のポスター。


「……え」


体を起こす。


机。

本棚。

積み上がった教科書。


息が止まる。

壁のカレンダーを見る。


五月。

中学一年。


喉が鳴る。


ドアが開いた。


  「翔登、朝ごはんできてるよ」


お母さんの声。

少しだけ、若い。


「あ……うん」


声が掠れる。

部屋の真ん中で、立ち尽くした。


てのひらに、硬い感触があった。

ゆっくり開く。


ボロボロの、二本の枝。


「……夢じゃない」


引き出しを開ける。

枝を隠した。


机の上に、プリントが置かれていた。


【1年生1学期 英語・中間テスト範囲】

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