第3章 ―力が出せない―
次の日も、ミッチに叩き起こされた。
「行くぞ」
「……どこに」
「草原」
I am strong. I am quick.
昨日の感触が、まだ手に残っていた。
言えば、力が出る。
勝てる気しかない。
熱が、胸の奥に残っていた。
◇
街を出る。風が強い。
草原が、波みたいに揺れていた。
「昨日みたいなの、また出ますか」
「出る」
「じゃあ、今日も僕の番ですね」
ミッチは振り向きもしない。
「同じだと思うな」
「……わかってますよ」
草むらの向こうに、人影が見えた。
同時に、地面が低く揺れる。
「待て」
ミッチの声。
でも、体が先に動いていた。
草を掻き分ける。
女の子だった。
銀色の髪。泥で汚れた白い服。
「大丈夫ですか!」
肩に触れた、その瞬間だった。
草むらが、爆発したみたいに弾けた。
巨大な影。灰色。岩みたいな腕。
でかい。
枝を並べる。
怖くはなかった。
【 = 】
「I am strong!」
光が走る。
昨日と同じ感覚。力が湧く。
魔物が突っ込んできた。
「I am quick!」
避ける。
軽い。
いける。
「遅い!」
拳を突き出す。
でも。手応えがない。
光が、岩の肌に弾かれた。
「……え?」
止まらない。
巨大な拳が、目の前まで迫った。
次の瞬間。
視界が、激しく回った。
地面。痛み。息が詰まる。
「――ぐっ……!」
土の味がした。
「ミッチさん!」
「言っただろ」
声が冷たい。
「同じだと思うな」
「じゃあどうすれば――!」
「知らん」
「は!?」
立ち上がる。
もう一度。
「I am strong!」
光る。
でも、止まらない。
枝を振る。
硬い。力が出せない。
「あっちから回れ!」
ミッチの声。
反射で走る。回り込む。
その先。
もう一匹いた。
「えっ」
背後で、ミッチが小さく舌打ちした。
挟まれた。
「……違う」
声がした。足元から。
銀髪の少女が、うっすら目を開けていた。
水色の瞳。静かな目だった。
「形」
「……え?」
少女が、僕の枝を指差す。
「一本」
=じゃない。
慌てて、枝を重ねる。
一本にする。
「I am ……fight!」
光らない。
魔物の拳が、高く振り上がった。
「違う」
「動いて」
少女の声が、少しだけ強くなる。
頭が真っ白になる。
枝を握り直し、前へ踏み出した。
「I fight!」
光が走った。
今までと違う。
細い。鋭い。一直線の光。
巨体が、草原の向こうまで吹き飛んだ。
風の音だけが、耳を抜けていく。
静かだった。
◇
「……ミッチさん」
「なんだ」
「僕、ちょっと調子にのってました」
「知ってる」
「全然ダメでした」
「そうだな」
少しだけ、笑いそうになる。
「あと」
「……なんだ」
「さっき、二匹目いましたよね」
ミッチが、ふいと視線を逸らす。
「……読み違えた」
小さい声。
完璧じゃないんだ。
この人も。
◇
「回復してやれ」
ミッチが、顎で少女を示す。
「昨日のやつでいい」
枝を並べる。
【 = 】
「I am fine!」
光る。
「あれ?」
僕の擦り傷が、消えていく。
「誰が回復した」
「……僕です」
「誰を回復したかった」
「……あ」
少女。
慌てて、枝を向けた。
「You am fine!」
光らない。
ミッチが、深いため息をついた。
少女が、小さく口を開く。
「……are」
「え?」
「You, are」
言い直す。
「You are fine.」
枝が光る。
やわらかい光だった。
朝日みたいな、温かい光。
少女の傷が、少しずつ消えていく。
「……あたたかい」
小さな声。
僕は、自分の枝と、彼女を見た。
◇
「名前は」
ミッチが聞く。
少女は、少し黙った。
それから、空を見上げた。
「……アリア」
名前とともに、風が吹く。
銀色の髪が、静かに揺れた。
「アリア・インフィニティ。」
「それしか、覚えてない」
ミッチは何も言わなかった。
アリアが、僕の枝を見る。
「さっきの」
「え?」
「もう一回」
一本の枝を握る。
まだ、少し震えていた。
「I fight.」
光が走る。
アリアの目が、少しだけ細くなった。
「……正しい」
空を見上げる。
どこまでも、青かった。
こうして、三人になった。
この世界で今日。
僕は、力を出せた。
でも。
強いだけじゃ、届かない場所があった。




