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S2 第2章 ―向かう力 ハルト―

白い光。

 ゆっくりと目を開いた。


青々とした草の匂い。

 真っ直ぐに鼻を突き抜けた。


「……戻ってきた」


高い空。

どこまでも広がる草原。


頬を撫でる透明な風。

最初、この世界へ落ちてきた時と同じ景色。


でも――違う。


あの時みたいな恐怖。

放り込まれた絶望。

逃げ出したい衝動。


ゆっくり立ち上がる。


その時、初めて気づいた。

両手が二本の枝を握っていた。


傷だらけの枝。

何度も折れかけた枝。

何度も握り直してきた枝。


「……行こう」


小さく呟く。

迷いはなかった。

ちゃんと“向かう先”がある。


【 To help Aria. 】

アリアを助ける。


その言葉は、もう消えない。

ノートの隅に書いた時とは違う。


身体の奥で静かに脈打っていた。

一歩踏み出す。


追い風が、背中を押した。



どれくらい歩いただろう。

地平線の向こうに街が見えてきた。


白い布。

無数のくすんだ布が、風に舞う。

空の先を指すみたいに揺れている。


「あれ……?」


目を細める。

鐘の音。

立ち上る煙。


そして――。

草原の一本道の先。

 巨大な背中が立っていた。


「――ミッチ!」


声が草原へ響く。


大きな背中が止まる。

 ゆっくりと振り返った。


  「……遅かったな」


相変わらずの返事。

自然と口元が緩んだ。


「なんなんですか、その普通の反応」


  「何がだ」


「いや、もっとこう……」

「“本当に戻ってきたのか”とか」


ミッチは鼻で笑った。


  「来ると思ってた」


それだけだった。

 その一言、胸の奥に残る。


信じて、待ってくれていた。

それだけで、十分だった。


「……アリアは?」


白い布の揺れる街。

 ミッチは視線を向けた。


  「いない」


空へ舞う風が吹く。

 白い布が大きく揺れた。


  「一人で旅に出た」


「どこへ?」


  「知らん」


「知らんって……!」


思わず声が大きくなる。

でも、ミッチは静かだった。


  「ただ」

  「“目的を探す”とは言っていた」


目的。

 教室の黒板が脳裏に浮かぶ。


【 to 】


向かう先。

未来。


「……目的」


小さく呟いた。

 漆黒の目がじっとこちらを見る。


  「お前、少し変わったな」


「え?」


  「前より、言葉が前へ出ている」


視線を逸らさない。

 逃げなかった。


「僕は……」


胸の奥から、自然に言葉が出る。


「アリアを助けたいんです」


風が止まり、静まる。


「今度は、逃げるためじゃなくて」


枝を握る。


「自分の意志で、隣に立ちたい」


ミッチは、少しだけ目を細めた。

以前なら、きっと笑われていた。

でも今は違う。


  「そうか」


短い言葉。

 確かな重みがあった。


  「来い」


「え?」


  「占い師の街へ行く」


「占い師?」


  「占い師がいる街だ」


「説明ざっくりすぎません?」


  「会えば分かる」


またそれだ。

 思わず苦笑する。


大きな背中。

先へ歩き始めていた。


「待ってくださいよ!」


慌てて、その後を追う。

歩きながら、ふと気づく。


身体が軽い。

 以前より、ずっと前へ進みやすい。


言葉の意味を知ったからか。


それとも――。この足が。

 逃げるための足じゃないからか。



夕暮れ。


白い布が風に揺れる街へ辿り着く。


人は多い。

 奇妙なほど静かだった。


誰もが空を見ている。

誰もが手を見ている。

 何かを探しているみたいに。


「……変な街ですね」


  「目的を失った奴らが流れ着く街だ」


ミッチが低く言った。


「目的……」


呟いた、その時だった。



  「お前には、あるのか?」


ミッチとは違う声。

 反射的に振り向く。


路地裏。


長い白髪。

ボロボロのローブ。

枯れ木みたいに細い身体。


でも――。

 目だけが異様に鋭かった。


「……誰ですか」


  「ザ・ハク」


即答だった。

その視線が、こちらに向かっている。


輪郭をなぞるみたいに。


そして、腰の枝へ落ちた。


  「なるほど」


「……?」


  「空っぽではないな」


ザ・ハクの口元が、わずかに動く。


  「お前には、“向かう先”がある」


枝を握る手に力が入る。


【 To help Aria. 】

その言葉が脈打っていた。


ザ・ハクは背を向けた。


  「来い」


「……またそのパターン?」


後ろで、ミッチが吹き出した。


  「……どうやら気が合いそうだな」


「嫌な予感しかしないんですけど」


ザ・ハクは振り返らない。


  「嫌なら帰れ」


「いや、行きます!」


即答だった。

ミッチが豪快に笑った。


久しぶりに聞く笑い声。

 それにつられ、少し肩の力が抜ける。


アリアは、ここにはいない。


不思議と、繋がっている気はした。


別々の場所。

向かう先。


風が強くなった。

 街中の白い布が、一斉になびいた。


夕暮れの空。

 その先へ向かって。

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