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S2 第1章 ―守れる力 アリア―

ひび割れた荒野。

 乾いた風が吹き抜けていく。


砂けむり舞う風の中。

 私は一人で歩いている。


髪が揺れる。

 二本の枝に風が当たる。


道の途中で拾った。

ただの枝、棒きれ。


ハルトみたい。

 少しだけ口元が緩んだ。


「……変なの」


自分で呟いて、また前を向く。


数えるのをやめていた。

何度ひとりで夜を越えたのか。

ハルトと別れてから。


「未来を選ぶ」


私が言った言葉。

 現実は、そんなに優しくなかった。


夜は冷たい。

魔物は強い。

傷も増えた。


そして何より——

 一人だった。


気づかなかった。

 いつも誰かがいた。


「大丈夫か」


言葉。

 不器用な声があった。


怖がりながら。

 前に背中があった。


私は足を止めた。


土煙の向こう。

 街が見える。


くすんだ白い布。

 風に揺れていた。


乾いた鐘の音。

細く立ち上る煙。


そして——

街の入口の奇妙な看板。


一文字だけが、大きく書かれていた。


「……変な街」


街に入る。

人は多い。

 不思議なほど静かだった。


誰もが空を見ていた。

手を見ていた.

誰かの顔を覗き込んでいた。


何かを探す顔。


  「そこの嬢ちゃん」


突然、声がした。


路地の影。


長い白髪。

ボロボロのローブ。

枯れ木のように細い体。

 目だけが、異様に鋭かった。


  「お前、"目的"がないな」


「……何?」


  「言葉が軽い」


老人の視線。

 腰の枝に落ちる。


  「形を真似ているだけだ」


「……」


戦える。

魔物を退けることもできる。


でも、以前より弱い。

 芯のある光が出ない。


理由が、わからなかった。


老人は、ゆっくり立ち上がった。


  「来い」


「……は?」


勝手に歩き出す。

 少し迷い、それでも後を追った。


街の奥。

古い塔。


階段をかけ上がる。

最上階。


窓から、荒野が見える。

 風の音だけがしていた。


  「名前は?」


「……アリア」


  「違う」


老人は即答した。


  「それは、呼ぶための記号だ」


「……」


  「お前の本質は何だ」


私は黙る。

 目がまっすぐ刺さってきた。


  「お前は、何のために戦う」

  「何のために進む」


  「何のために、生きる」


老人は、深くため息を吐いた。


  「空っぽだな」


胸に刺さった。

 反論しようとした。

 でも、言葉が出なかった。


故郷は滅んだ。

守れなかった。

記憶を失った。


ハルトに出会った。

未来を選んだ。


歩いてきた。

戦ってきた。

傷を負った。


「……私は」


声が出かけて、止まる。


何のために。

 自分が、透明になっていく。


老人は何も言わなかった。

静けさが苦しかった。


何か言わなければ。

何か答えなければ。


でも——

 何もない。


  「だから、心が動かない」


老人は窓の外を見た。


「……あなたは誰」


  「ザ・ハク」


「占い師?」


  「違う」


私を鋭い目が射抜く.



その日から、修行が始まった。


朝、走る。

昼、戦う。

夜、言葉をつむぐ。


生きるために。


To run

To fight

To speak


To live


何度も。

何度も。

何度も。


  「違う」


ザ・ハクが、杖で石の床を叩く。


  「言葉を覚えるな」

  「意味を決めろ」


私は息を切らした。


「……to fight」


  「何のために」


「戦うために」


  「違う」


「……っ」


  「誰のためにだ」


ザ・ハクの声が低く響いた。


  「お前の言葉には、“向かう先"がない」


ハルトの顔が浮かんだ。


何度も転んでいた。

怖がっていた。

失敗していた。

 それでも、前に出ていた。


自分を信じてくれた。

 "I trust you."


私は、腰の枝を抜いた。


ただの枝。

二本の枝。


「……to protect」


空気が変わる。

 枝が、淡く光った。


弱い。

 でも、確かな光だった。


  「それだ」


塔の鐘が鳴った。

 乾いた音が、街に広がる。


修行の最後の日。

ザ・ハクは、一つの盾を持ってきた。


白い、円形の盾。

中央には、十字の紋様。


円と、十字。

まるで——


o と t

t と o


to


「……これは?」


  「目的の盾だ」


指先で触れた。

 冷たさの中、温かさを感じる。


盾の中央が、淡く光る。


  「お前は、もう進める」


「……」


  「だが、まだ足りん」


窓の外を指した。


地平線の向こう。

 空が、空気が曲がっていた。


  「モーダルへ行け」


「モーダル?」


  「言葉が届かない街だ」


ザ・ハクの目。

 鋭く、光った。


  「本当の言葉の重さを知れ」


盾を左腕に抱えた。

 思っていたより、軽い。


少し。

 目的に近づいたからかな。


  「行け」


「……ありがとう」


ザ・ハクは振り返らない。


  「次に会う時は、答えを持って来い」


静かに塔を降りた。


風が勢いを増した。

白い布が、大きく揺れている。


遠く、曲がった空へ続く道。


腰の枝。

左腕の盾。


まだ、答えはない。


でも——

 向かう先はある。


私は今日。

 誰かの後ろではなく、前を見て歩いた。

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