第9章 ―使いこなせない―
朝。
草原に、濃い影が落ちていた。
アリアが足を止める。
「ハルト」
指差した先。
一本の剣が、地面に突き立っていた。
バットより長い。
赤黒く錆びた刀身。
深く欠けた刃。
その剣だけ、空気が違った。
近くに立つ。
胸の奥が熱くなる。
すごい。
古い文字が刻まれている。
読めない。
手に取れば何かが起きる。
そんな確信だけがあった。
「触るな」
背後から。
低い声。
「……え?」
「触るなと言った。そいつに構うな」
いつもの声じゃない。
冷たい。
まるで、何かを警戒している。
「これ、何なんですか」
「知らん」
「知らないのに――」
「触るな」
短く切り捨てる。
いつもどおり。
ミッチは小屋へ戻っていった。
僕は、剣から目を離せなかった。
隣で、アリアが呟く。
「……強そう」
「うん」
わかってる。
危ない。
触っちゃいけない。
昨日、僕は勝った。
eraSerを退けた。
アリアを守った。
ミッチにも、少しだけ認められた。
言葉が、体に追いつき始めている。
今なら。
今の僕なら。
もっと先へ行ける。
強くなれる。
◇
夜。
ミッチのいびきが、小屋を揺らしている。
眠れなかった。
まぶたの裏に、あの剣が焼き付いて離れない。
少しだけ。
持つだけなら。
確かめたい。
音を立てず、小屋を抜け出す。
月明かりの下。
剣は、空気をまとい、静かに刺さっていた。
近づく。
手を伸ばす。
握る。
「――ッ!」
冷たい。
氷みたいな冷気が、腕を這い上がる。
骨の奥まで、凍る。
重い。
重さが、たまらなく頼もしかった。
強い力を、握っている気がした。
まるで......
「I am a hero.」
言葉を乗せる。
剣は、沈黙したままだった。
「I am strong.」
光らない。
「I am――」
その瞬間。
地面が揺れた。
草原が裂ける。
月明かりに、黒い霧が噴き出した。
eraSerとは、比べものにならない。
巨大な黒い鎧。
赤い瞳。
一歩踏む出すたび、地面が沈む。
小屋の扉が開く。
ミッチとアリアが、飛び出してきた。
ミッチの目が、僕の右手を見る。
顔色が変わった。
「それを捨てろ!!」
初めてだった。
ミッチの声が、崩れた。
「ミッチさん! 」
「これがあれば――!」
「捨てろ!! そいつは――」
黒い鎧が、踏み込む。
地面が爆ぜる。
でも、退けなかった。
この剣があれば。もっと強くなれる。
きっと。
「I am a hero!!」
剣を突き出す。
光らない。
「I fight!!」
何も起きない。
重いだけだった。
「動け……!」
重い。
持ち上がらない。
振れない。
足まで、地面に縫い付けられたみたいだった。
黒い鎧が、腕を振り上げる。
動けない。
その瞬間。
ミッチが、目の前に出た。
「ミッチさん!!」
遅かった。
黒い鉄槌が、筋肉の壁を真正面から叩いた。
音が鳴り響く。
地面を削りながら吹き飛んだ。
「あ……」
剣が、手から落ちる。
転がる。
錆びたまま。
光らないまま。
「ミッチさん!!」
駆け寄る。
ミッチが、血を吐いた。
呼吸が浅い。
顔色が、土みたいだった。
「今すぐ……!」
震える手で、枝を掴む。
軽い。
あの剣より、ずっと。
毎日振った枝。
何度も光らせた枝。
「You are fine!!」
白い光が、ミッチを包む。
呼吸が戻る。
でも、立てない。
「ミッチさん……」
アリアが、前へ出る。
黒い鎧を睨む。
「She fights!!」
枝が光る。
光がアリアを動かす。
「I fight!!」
光が爆ぜる。
黒い鎧が、初めてよろめいた。
「She runs!!」
「I strike!!」
「She attacks!!」
言葉が、繋がる。
光が、連続で走る。
アリアが踏み込む。
僕も走る。
枝が軽い。
体が動く。
積み重ねた感覚。
黒い鎧が、大きく崩れる。
霧になる。
そして、消えた。
◇
草の上。
剣が横たわっている。
ミッチが、ゆっくり上体を起こす。
立ち上がりきれない。
片膝をついたまま。
激しく咳き込む。
「ミッチさん……」
声が震える。
「ごめんなさい……」
涙が止まらなかった。
「僕、強くなりたくて……」
ミッチは、苦しそうに息を吐く。
「……枝の使い方。マシになったな」
絞り出すみたいな声。
怒鳴られるより、ずっと痛かった。
アリアが、剣を見る。
拾わない。
ただ、静かに見下ろす。
「……強い武器でも」
小さな声。
「自分を動かせないなら、重いだけ」
ミッチが、アリアに支えられながら立ち上がる。
もう、腕は組んでいなかった。
「……戻るぞ」
静かな声。
夜風が、草を揺らす。
今日は、逃げなかった。
ここで、強くなれた。
もっと、強くなりたかった。
重かった、剣。
動かない、体。
重かったのは、剣じゃない。
近道をつかもうとした、僕の心。




