警察車両乗用車 車内 2
「あ」
誠と八十島は、二人そろって間の抜けた声を出してしまった。
「行っちゃった」
「行っちゃったね」
そろって軽くため息をつく。
「行っちゃったならしょうがねえよな。メシ食ってほかあたろか」
八十島がハンドルわきに差したキーに手をかける。
「そだね」
誠もそう返事をした。
ふと前方を見ると、ブレザーの制服の少女二人がこちらをじっと見つめて立ちつくしている。
長いサラサラの髪の少女と、古風なボブヘアの少女。
おだやかな昼どきの風に、髪がゆるくなびいていた。
「ん? 知り合い?」
八十島がそう問う。
誠は怪訝に思い二人を見た。
花織と温崎 好花だ。
「いや知り合いは知り合いなんだけど……」
誠は車内のデジタル時計を指さし、もういちどつけてくれるよう頼んだ。
「これ?」という顔で八十島がハンドルわきのキーを一段階まわす。
午後十二時十一分。
たしかに二人だが、何でこんな時間に外を歩いているんだ。
授業はどうしたんだろうと眉をひそめる。
「待って。ちょっと話してくる」
誠は助手席のドアを開けて車から降りた。
「どうしたの、二人とも。学校は?」
バンッとドアを閉めながら問いかける。
花織が好花の顔をうかがった。好花をいたわるようにそっと肩に両手をそえる。
好花が目元をゆがめ、いまにも泣きそうな顔でこちらを見上げた。
「どうしたの」
「人見さん、百目鬼さんのいないところでべつのショタさんとドライブデートなんて!!!!! 三角関係ですかっ三角関係ですかっ?!!!! わたしの推しカプが三角関係イベント突入なんて、どうしたらいいのっ?!!!! かおちゃん、このハラハラドキドキときどき背徳な展開をわたし楽しんでいいのっ?!!!!」
きれいに切りそろえたボブをふるふると振り、好花がさけぶ。
誠はつい大仰なしぐさで後ずさってしまった。
温崎 好花。大企業おんざきコーポレーション社長の姪にして、花織の友人。
そして腐女子。
誠と百目鬼のバディと事件がらみではじめて会ったときから、とうとつにカップル妄想をはじめて、以来勝手に推しカプ認定している。
この強烈な妄想腐女子っぷりを抜きにすれば、おしとやかなお嬢さまなのだが。
「いっぱい楽しんでいいんだよ、このちゃん!」
花織が好花を大げさにハグする。
「花織さん、てきとうなこと言わない」
誠は眉をよせた。
「そ、それで、あのあの。百目鬼さんはどうなさったんですか? ちちち痴話ゲンカとかなさったんですか?」
好花が詰めよる。
チワワゲンカって何だろうと誠は宙を見上げた。
腐女子用語だろうか。
「それですよ。百目鬼さんはどうしたんですか、人見さん。またジャンキーさんに銃で撃たれて救急搬送されたんですか?」
花織が好花をよしよししながら問う。
何を縁起でもないことを聞いているんだこの子はと誠はさらに眉根をよせた。
「きょうは非番。あれは同期の同僚」
誠は乗用車に乗った八十島を親指で指さした。
「うさばらしにナンパした男子校のちょっと不良なショタさんじゃないんですかっ?!」
好花が八十島をうかがう。
どこから訂正したらいいんだろう、このセリフ。誠は顔をしかめた。
運転席で手持ちぶさたな感じで待っている八十島を、花織がじっと見つめる。
「そういえば思い出しました。まえになんどかお会いしてます? あのかた」
花織が運転席の八十島をまじまじと見る。
「ああ……同じ現場のときがけっこうあるから見てるかも」
「大股でわりとつかつかというかせかせかとした歩き、全体的に手足を大きく動かして行動するクセ、大声でしゃべるクセ、つぎの行動への切り替えが早くて悪くいえば落ちつきのない感じだったかたですか?」
「え」
誠は思わず黙りこくった。
いつもの調子でそう聞かれても、独自の視点過ぎてすぐには答えられない。
「えと……」
運転席の八十島のほうを見る。
せかせか歩くのと大声でしゃべるのは確かにそうかも。
「そ、それで、かおちゃん。わたしの推しカプのあいだに割って入って二人のあいだをひっかき回したあげくに、やんわりフラレてべつのイケメンとカップルになる生意気な小悪魔キャラだったりするの?!」
好花がおろおろと尋ねる。
何だろう、それ。
誠はげんなりと顔をしかめた。
「お二人をモデルにした刑事バディの薄い本に、お二人の絆のスパイスになる小悪魔な横恋慕キャラを入れるべきか。入れたい、でも波風たたないほのぼのイチャラブもいい。心が二つあるのっ」
好花がボブヘアをゆらして顔を上げる。
「入れてもいいですかっ?!」
とつぜん誠にそう問う。
「え」
誠はいきおいに押されて後ずさった。
「ああ……えと。好きにしたら?」
苦笑いをしつつそう返す。
言ってることの大半がよく分からないが、ようは趣味の創作だろう。
さらなるカオスな会話に翻弄されるまえに、このあたりで「気をつけて」と言って別れるべきか。
「人見さん」
花織が右手を挙げる。
「百目鬼さんにも許可とったほうがよくないですか? わたし百目鬼さんのスマホの番号知らないので一一〇番で呼びだしていただくことになりますが」
花織が真剣な顔でスマホを取りだす。
「やめなさい」
誠はとがめた。




