警察車両乗用車 車内 1
「シスターってはじめて生で見た……」
「俺も。間近ははじめてかな」
教会の敷地横の空き地に停めた警察車両の乗用車車内。
運転席でため息をつきつつつぶやいた八十島に、助手席の誠は応じた。
「やべえ。改宗しそう」
「うそでしょ」
誠は苦笑いした。
「髪きっちり隠してんのな。ラノベのシスターって、前髪わちゃわちゃ出してたりするじゃん」
「ラノベはたいがい世界ちがうし」
誠はそう返した。
「メイド服なら自分で着たことあるけどな。文化祭で」
「あ、俺も文化祭である」
誠は答えた。
「やっぱ? 定番っつか。おま男子校だっけ?」
「男子校」
誠は答えた。
「あるあるだよな」
八十島がゲラゲラと笑いだす。
「じゃんけんで負けて」
誠もつられて笑った。
「俺なんか、友だちから口紅まで借りたかんな。塗ったわ」
「え、女の子の友だち?」
「いや男でしょ」
二人で車両のなかでギャハハと笑い合う。
ひとしきり笑ったあと、八十島が内ポケットからメモ帳を取りだした。
「あー、で。小麦粉アレルギーか」
「仕事でなるなんてあるんだな」
誠は助手席のシートに背をあずけて応じた。
そろそろ昼どき。
フロントガラスの外に見える住宅街は、人通りもなくおだやかだ。
「いまは何の仕事してたんだろ。――転職先はこのちかくってことか? 市内?」
「それも近所の人たちだれも知らなかったって報告書にあったけど」
誠はそう答えた。
「あー聞き忘れた。シスター、いまの仕事場とかも知ってっかな」
八十島が教会の玄関口を見やる。
「前職の話は積極的にしてくれたのに、いまの職業の話はしてなかったよな。やっぱ聞いてないのかな」
誠も同じように礼拝堂の入口ドアを見た。
「小麦粉はあつかわない仕事ってことだよな」
「ありすぎる……」
誠は眉をよせた。
「神父だっけ、牧師? そっちはけっきょく帰って来なかったな。待ってみる?」
八十島がもういちど礼拝堂の玄関口を見やる。
「帰る時間は分からないって言ってたけど……」
誠も同じように玄関を見た。
「 “司祭” って言ってたのは、神父か牧師のことって解釈でいいんだよな」
「カトリックだから神父じゃなかったっけ」
誠は手にしていたタブレットで検索した。
さきほども検索したので履歴が残っている。
「神父」
「神父か」
八十島が復唱する。
こんな認識じゃ、改宗はむりなんじゃないのかと誠は思った。
つぎにどう行動するか何となく決めかねるように二人で教会の建物をながめる。
いつもは百目鬼が迷わずつぎの行動を指示してくるので、こんなふうにモタモタする時間がはさまれるのはすこし困惑するなと思う。
「いつもはやっぱ、百目鬼さんがつぎはどこってバシバシ指示する感じ?」
サイドウィンドウの向こうを見ながら八十島が問うてくる。
「そういう感じ」
誠は答えた。
「こっちは言い方やわらかいけど、たぶん同じだろうなって感じ。“八十島くん、つぎはあっちね” メガネクイッて感じ」
八十島が、自身のバディのしぐさをまねる。
若手だからベテランと組まされているのだ。
どこのバディもそんなものだろう。
「百目鬼さんの場合、ちょくちょく変な冗談はさむけど」
「分かる。あの人そうだよな」
八十島が笑う。
「いないと、けっこうつぎの行動困るもんだな……。いちおうどことどこ当たるかは非番まえに指示されたけど、効率いいやりかたがいまいち分かんないっていうか」
「それな」
八十島がそう返す。フロントガラスのほうに目を移し座りなおすと、ハンドルわきに差したキーを一段階だけまわしてデジタル時計を表示させた。
「つかメシの時間なんだよな。どうする?」
「ああ……食お。このへんで」
誠は周囲を見回した。
住宅街のまんなかだ。
食事のできそうなところは見当たらない。
「コンビニかスーパーあるかな」
誠がそう口にすると、八十島も同じように周囲を見回す。
ややしてから、もういちど教会の建物のほうに視線を固定させた。
「っていうか、神父ってあの人と違うの?」
八十島が尋ねてくる。
誠は、運転席側に少し身を乗りだして同じ方向を見た。
ドラマやマンガで見たことのある黒い祭服を着た初老の男性が、教会の別棟のまえで厳つい中年男性と話しこんでいる。
すぐわきには芝生の上に停めた乗用車。
「いたんだ。帰ってきたとこかな」
誠はそうつぶやいた。
「降りて話聴きに行くか」
八十島がドアハンドルに手をかける。
厳つい男性が、足元に置いた段ボールに手を入れて黒いの茶碗のようなものを神父に見せる。
神父はうなずいていた。
「バザーに出すやつかな。バザーでボランティアの資金つくってるとかシスター言ってたし」
「んじゃ、あの厳ついおっさんも教会の信者か」
八十島がそう応じた。
神父のほうもけっこう大柄だ。黒い祭服がきつくてサイズが合ってないように見えるが、あんなものなんだろうか。
「おっさんの信者多いとこだな」
八十島がつぶやく。
「わりとそういうもんなのかな」
誠はそう応じた。
「つかあのおっさん、どっかで見た気すんだけど。――有名人?」
八十島が顎に手をあてる。
「俺も何か見た気が」
誠は答えた。
「人見、有名人くわしいほう?」
「ぜんぜん。テレビとかほとんど見ないし」
誠は答えた。
二人の厳つい男性が、すぐわきに停めた車のほうに歩いて行く。
乗りこんですぐに発進してしまった。




