警察署前 駐車場
午前九時半。
百目鬼は今朝の九時までの当直を無事に終え、さきほど出勤してきた誠と入れ替わるように帰宅した。
休日というわけではないので、呼び出しがあれば来なくてはならないのだが、とりあえずきっちり休めと設けられているのが非番だ。
警察署前の駐車場。
いつも乗っているワゴン車と八十島たちがよく乗っている乗用車と、どちらにするかという感じで誠と八十島は何となく二台の捜査車両のまえで立ち止まった。
「いつもそっちワゴン車だよな。百目鬼さんの好み?」
八十島が二台のまえでしゃがむ。
「うん、まあ。緊急のときにいろいろ乗せられるしスライドドアだと大きいのも入れられるしみたいな感じで」
「あの人、ああ見えて合理的だよな。――オートマ?」
「覆面はぜんぶそうじゃないの、たぶん」
誠は奥にある駐車場もふくめて見回した。
そもそも捜査員は一般人に見せかけるためにスーツなどの私服なのだ。乗っている捜査車両も一般に多く普及しているオートマチックトランスミッションがほとんどだと思う。
「オートマばっか運転してっと、たまにマニュアル運転するとき、アレッてなんね?」
「なる」
誠は苦笑した。
「クラッチって何でついてんのって一瞬悩むんだよな。あれ盲腸に見えてくる」
何か独特な例えだが分かる気がする。
「俺もたまには違うの乗ってみたい気すんだけど、ここはじゃんけんで決めね?」
八十島が童顔の顔を上げる。
こぶしをつくってこちらに向けて軽くふった。
「いいね」
誠は笑顔を返した。
「俺が勝ったらマークX、そっちが勝ったらエルグランド」
「よし」
誠はこぶしをつくった。
「運転は慣れてるほうな」
「おっけ」
「じゃーんけん」
八十島がこぶしをふる。
警察署まえの駐車場でじゃんけんをするスーツの若者二名。
免許書き換えの講習に来たらしい一般人が二、三人、何あれという感じでこちらを見た。
「ぽん」
八十島がパー、誠がグー。
「よし、マークX。キー持ってくるべ」
八十島が立ち上がり署内にスタスタともどる。
あらためて聞くと、百目鬼と同じ話しかたするときがあるんだなと気づいた。
八十島の地元どこだっけと記憶をさぐる。
刑事課に配属されたころはそういう話しかたはしていなかった気がするが、組んでるわけでもない百目鬼に影響でも受けたのか。
ふしぎな現象だなとどうでもいいことを考えた。
「カトリック朝石教会……」
八十島の運転する警察車両の乗用車が、ウインカーを点灯させて公道に出る。
そのまますぐさきの広い県道に出た。
朝の通勤時間をすぎた時間帯なので通る車はさほど多くはない。
誠は助手席でタブレットを手にカトリック朝石教会の場所を検索した。
いつもは運転席にいるので、助手席に座りタブレットを検索するのは変な感じだ。
「教会とか行ったことある?」
ハンドルをにぎる八十島が問う。
「ぜんぜん。うちの実家、真言宗らしいし」
誠は答えた。
真言宗らしい、というくらいにしか知らない。
しかもその根拠が本家の葬式を挙げていたお寺が真言宗のものだったからという程度のものだ。
「うちは浄土真宗っぽい。知らんけど。そのわりに神棚も置いてんだけどな」
八十島がそう返す。
「どうするかな。話聴きに行くとしたら、キリスト教の知識のある人がいたほうがいいかな」
誠は眉をよせた。
いつもは百目鬼があんがい博識なので、こういう心配はしたことがない。
「だいじょうぶじゃね? 被害者の倒れるまえの様子聴くくらいなら変わんねえだろ」
「そっか」
誠はそう返事をした。
身近でキリスト教にくわしい人というと、ミッション系のお嬢さま学校に通う花織を思い浮かべてしまったが、こんな用事で一般人を呼び出すわけにもいかない。
「教会っていうと責任者だれ? 牧師さん?」
八十島がハンドルを握りつつ尋ねる。
「カトリックとプロテスタントって、どっちかが神父さんでどっちかが牧師さんじゃなかったっけ」
誠はタブレットで検索した。
「神父さん」
そう返す。
「助祭とか副助祭とかいうのは?」
「え、知らない」
検索しようとして、いま必要かなと思ってやめる。
「というか被害者がアレルギーのアナフィラキシーショックが死因らしいっての、どこかでアレルギーの原因物質を食べたか触れたかしたってことになるんだろうけど」
誠は話を切りかえた。
「あ、それな。んでも一人暮らしでアレルギー持ってるかなんて周囲の住人は分からなかったってよ。人付き合いもあんま活発じゃなかった人だったって」
「そか」
誠はタブレット画面を見つめてため息をついた。
同じ報告書を見ているのだ。
基本、持っている情報は同じだ。
「足取り追うのも重要なんだけどさ、教会ならもしかしていろいろ個人的なこと相談してないかなって。――しねえかな。むかしのヨーロッパの教会なんかとは違うか?」
「どうかな……」
誠はつぶやいた。
八十島が、ウインカーを出してハンドルを切る。
左折して入った少し広めの生活道路のさきに、カトリック朝石教会の建物が見えた。




