警察署二階 刑事課
「愛人がまあ、一人とはかぎらんわな」
警察署二階、刑事課。
PCのマウスのボタンをカチカチと鳴らしつつ百目鬼がつぶやく。
「二人いたんですね……」
誠は百目鬼のデスクの横に立ち、宙を見上げた。
刑事課内の壁の一角にかけられたアナログ時計は、午後九時を指している。
窓からはときおり車のライトが通りすぎるのが見えた。
デスクに座る捜査員はまばらだ。
原則としての日勤の時間は過ぎているが、さきほども帰宅ではなく仮眠を取りに退室した者が二人ほどいた。
「まず三人で屋根裏を通り、となりの部屋に押し入り。住人を脅して拘束し、愛人その一がベランダから逃亡。被疑者はDV夫の体で大声で怒鳴る声を周囲に聞かせる、愛人その一が捜査員を困惑させてるあいだに愛人その二は、老女に変装した被疑者をつれてアパート階段から脱出」
百目鬼が報告書を読み上げる。
「凝ったな……」
顔をしかめた。
「だれだ、建築費ケチって屋根裏ぜんぶつながったアパートなんてつくったやつ」
そうグチる。
「しまいには屋根裏から毒薬たらせってか」
「火災の発生時にリスクがあるからとは言われてるんですけど、けっこうあるそうですね」
誠はそう応じた。
「基本責任は市町村さんだけどよ」
百目鬼がマウスのボタンをカチカチと押して鳴らす。
「俺としちゃ、非番まえにさっさと確保できてまあよかったわ。確保に時間かかって報告書作成やら何やらまで遅くなったら、休んでる時間削られっかんな」
「そういえば花織さん、何で百目鬼さんのインカムで」
誠はそう尋ねた。
捜査のさいに遭遇すると自宅まで送らされる率が高いが、さきほどはすぐに署に戻らなければならなかったのと、まだ明るかったのでバスで帰ってもらった。
「俺としちゃ、非番まえにさっさと確保できてよかったわ。確保に時間かかって報告書作成やら何やらまで遅くなったら、休んでる時間削られっかんな」
百目鬼が同じことをくりかえす。
誠は困惑した。
「花織さん、なんで百目鬼さんのインカムで」
「俺としちゃ、非番まえにさっさと確保できてよかったわ。休んでる時間削られてらんねえからな」
百目鬼が語気を強めて同じセリフをくりかえす。
「……あ、そうですね」
誠は苦笑して返した。
この様子だと、たぶん首をつっこみに来た花織にインカムのマイクに向かってしゃべるよううながしたほうの経緯だ。
一般人にインカムを貸すことはできないので若干グレー寄りな気はするが、あの場合は手っとり早かった。
「朝までの当直あけたら、ゆっくり休んでください」
「おう」
百目鬼がマウスを動かす。
「八十島んとこも相方が出張だとよ。つぎの担当の事件もあっちといっしょだし、何ならあしたは八十島と動いとけ」
「あ、はい」
誠はそう返事をした。
同期で、刑事課に配属された時期もだいたい同じ八十島は、話す機会は百目鬼のつぎに多い。
気が合っているのかどうかは知らないが、立場が同じなので話しはしやすい。
百目鬼がデスクの上のタブレットを手にとる。
二、三度タップやスクロールをくりかえした。
「さっき担当しろって言われた事件な。――被害者は丸谷 徹、五十一歳。市内のカトリック朝石教会から帰るさいに駅近くの駐車場で倒れているところを通行人が発見、一一九番通報。市内の余目総合病院に救急搬送されるも一時間後に死亡を確認。外傷はなし。一人暮らしであったことから持病等の証言は得られなかったが、司法解剖の結果、喉や気管の腫れなどの所見が見られたことからアレルギーによるアナフィラキシーショックの可能性もあり」
百目鬼が早口で報告書を読み上げる。
そのままタブレットを誠に手渡した。
「ま、これ。事件と事故の両面から捜査だ」
「はい」
誠は受けとった。
報告書の途中に花織の家で経営している余目総合病院の名前が出てきたが、きょうはそこは引っかからないんだなと何となくホッとする。
このあたりでいちばん大きな病院なので、救急搬送された被害者の大半はここからの通報なのだが、若い女性ぎらいの百目鬼が基本的に花織を毛嫌いしているので、いつもはむだにここに引っかかる。
「まあ、足取りもまだよう分からんからな。付近の防犯カメラ調べるか、そのナントカ教会でお祈り中の様子でも聞くか、そのへんからか。行って来い」
「はい」
誠はそう返事をした。
「俺は “しっかり休む日” っていう非番の目的にのっとって、ここからは余計な頭は使わんことにする」
「あ、はい」
誠はつづけて返事をした。
「不吉な名前を聞いても、非番あけまではスルーすることにする」
「え……はい」
けっきょく引っかかっているのか。
誠は少々引きながら返事をした。




