警察車両乗用車 車内 5
「──人見さんたちがシスターさんのお名前をお聞きしていれば早かったんですけど」
「情報提供してもらうだけなら、そういうのはあまりむりには」
誠は答えた。
「──あ、やっぱり捜査なんですね」
花織があかるい声で返す。
「──やったあ! 刑事に白状させたぁっー」
誠は言葉につまった。
「関係ないでしょ」
「──それでですね、十中八九捜査だろうと思いましてうちの看護師さんたちに緊急で問い合わせたところ、先日カトリック朝石教会の近くでアレルギー症状で倒れて救急搬送された男性がいたそうですね」
誠は眉をよせた。
「花織さんには関係ないでしょ。切るよ」
「──一時間後に死亡を確認。のちに死後の血液サンプルでIgE抗体検査をしたところ、小麦粉アレルギーのようだということなんですが」
「……余目でそこまでやったの?」
なら、何のアレルギーかについては余目総合病院に問い合わせたほうが早かっただろうか。
「──いえ。うちの看護師さんに法医学医さんの知り合いのかたがいまして。さきほど検査結果が出たということです」
誠は顔をしかめた。
いったい守秘義務はどうなっているんだろう。
「──人見さんたちが出動してるってことは、つまりアレルギー症状を悪用した殺人なんですか?」
花織が問う。
「答えられない」
誠はそう返した。
八十島が、とんかつを口にしながらチラッとこちらを見る。
「──小麦粉アレルギーのかたは食べられるものがけっこう制限されちゃいますから、日常的には口にするものをかなり気をつけてると思うんですけど」
「ああ、うん」
誠はそう返事をした。
礼拝のときの小麦粉と水のパンすら口にするまねだけだったとシスターが話していた。
「──ホスチアもむりですね。ということは、司祭さんには小麦粉アレルギーを伝えていたんじゃないかと思いますけど」
ホスチアと言うんだっけと誠は思った。
聞き慣れない言葉なので、さきほど聞いたばかりなのにもう思い出せなくなっていた。
さすがに花織は知っているんだなと思う。
「──でも着任したばかりのお若い司祭さんが、年代も経歴もぜんぜん違う信者さんをコロコロする動機ってあるものなんですか?」
花織が言う。
彼女のうしろから、クラシックの音楽が聞こえはじめた。
「──やば。昼休み終わりです、人見さん」
「え……お若い?」
誠は目を丸くした。
さきほど遠目に見た神父は初老の男性だったが。
「ちょっ待って。花織さん。あそこの神父って二人とか三人とかいる?!」
「──かおちゃん、刑事の彼氏?」
花織のクラスメートだろうか。キャッキャとはしゃぐ声が横からはさまれる。
「──彼氏の刑事さーん。このまえお世話になった、さなでーす」
「──バディさん、奥さまお元気ですかあ?」
女子の無邪気な声がつづいた。
「ちょっごめん、花織さん、あそこの神父さんて」
「もと声優の若いかたなんですよね。あまり知られたかたではなかったですけど、線がほそい中性的な感じで女性の声も演じられるんで、ビジュアル含めて腐女子好みだったんです。──ちなみにこのちゃんがけっこう好きだったんです」
「うん」と返事をする温崎 好花の声が聞こえた。
クラシックの音楽が終わり、チャイムに変わる。
授業の時間か。
誠はあせっていちばん重要なことは何かと頭をめぐらせた。
「ごめんっ、さいごに一つだけ教えてっ! あそこの神父さんは何人?!」
「──おひとりです」
花織が答える。
誠は顔を強ばらせて八十島のほうを見た。
「大きな教会ではないですし、日本は司祭さんの人数がそもそも多くはありませんから、おひとりで二つの教会かけもちとかもあるらし──人見さん、すみません、先生が来たのであとで」
「うん、あとで」
通話が切れる。
ついつられて「あとで」と答えてしまったが、いやあとは関わらせてはいけないだろうと自身の言葉を否定する。
「いや、あとでじゃなくて」
誠は通話の切れたスマホに向かって声を上げた。
「 “うん、あとで” 」
運転席の八十島が、缶コーヒーを飲みながら復唱する。
「あとじゃないから。――っていうか、八十島」
「弁当食ってからにしたら? なんか知らんけど」
八十島が、誠の牛カルビ弁当を箸で指す。
「いや、食ってる場合じゃないかも」
言いつつ誠はとりあえず箸を手にした。
「食いながら説明したらいいんでね?」
それもそうかと牛カルビとタレのついたごはんを口にする。
「さっき教会で見た神父、ニセモノかもしれない」
誠は牛カルビ肉とタレのついたごはんを急いでかっこんだ。缶コーヒーで流しこむ。
「どゆこと」
八十島がプラスチックの容器に残ったごはんを箸でかき集める。
「さっきの聖マリアの子の情報。あの教会の神父は、着任したばかりの若い線のほそい感じの人がひとりだって」
「わざわざ赤の他人みたいに言いかえなくても。彼女っしょ?」
八十島が缶コーヒーを飲む。
「いや、そういうのないから」
誠は牛カルビを口にした。
「それじゃあ、あそこで神父のふりしてた人は何だっていう」
「コスプレ?」
八十島が眉をよせる。
「とりあえず教会そんなに遠くないし、ちょっと戻ってみない? 何かおかしい」
誠はタレのついたごはんを缶コーヒーで流しこんだ。
「つくまでに食い終わるよな、人見」
八十島がさきに食べ終わり、車のエンジンをかける。
ウインカーを出し、車を発進させた。
「了解」
誠はそう返した。いそいでかっこんで缶コーヒーで流しこむ。
スマホのバイブレーションが鳴った。
メールが入ったときの知らせだ。
誠は空いた手でポケットに入れたスマホをとった。
花織からだ。
授業中のはずなのに何やってんだと顔をしかめながらスマホ画面を見る。
「ニセ司祭さんの動画あったらください」
授業を受けながらコッソリ文字を打ったのだろうか。みじかくそう表示されていた。
誠は、チラッと運転する八十島を見た。
いつもは百目鬼が協力要請の指示をするが、きょうは独断でというほうが八十島に迷惑がかからないかもしれない。
さきほど撮った動画を花織に送信した。
少し考えてから、「こっちはあと回しでいいから授業ちゃんと受けて」と送信する。
車は、カトリック朝石教会の近くの県道にさしかかった。




