02-03
やがて完全に停止した時に3名が辺りを見渡すと、そこには工事の跡などもなく、自然のままの洞窟が光る青白い苔のようなもので柔らかく、それでいて不思議と暗さを感じさせない程度に辺りは明るかった。
「あれ、なんだろ?」
柘植から降車の指示があり、エレベーターから降りて、苔とは別の光源の一つに近づいた辰巳が見たのは水晶の結晶が内部から光っているものだ。
見る限り、電線の類は見当たらないので水晶事態が発光しているようだ。
「辰巳、触っても問題ないが女性隊員を口説くように持って帰ったりするなよ」
そのつもりはなかったが、柘植に言われ反射的に手を引っ込めた。
「班長~、これって何なんすか?ってよりここっていったい?」
軽く高野の背中を擦りながら、顔だけを柘植に向けて早乙女が聞く。
おそらく昼休み途中から詳しい説明もなく連れて来られた3名は皆同じ意見だろうが、それも知った上で尚も柘植は答えようとせず、「ついて来い」とだけ言うと岩肌の壁に空けられている大きなトンネルの奥に向かって歩き始めた。
早乙女は入る前に自分たちが下りてきた方を見たが上は全くの闇、ここは地下に空いた大きな空洞といったところか。
「隼兄、ここ深さどのくらいだろう?」
「あのエレベーター、図体のわりにはだいぶ早く感じたな。あの常夜灯の設置間隔かわかれば秒数でだいたいの距離は測れるんだが……。えっと、向かい風無しで感じた体感した風から仮に原チャリと同じ30kmくらい、初速と減速は少し長めだったから多目に見積もって平均25kmだとすると......、ジョー俺らどれくらいの時間乗ってた?」
早乙女に聞かれた辰巳は少し考え10分は無かったと答えた。
「じゃあ7分くらいにしておくと、ざっくりで真下に降りた場合で地下3000m弱くらいか.。斜めに降りてきてるから角度わからねぇけど1キロくらいは下ってんのかな?」
早乙女の体感から速度を割り出すことはそこまで難しい事ではなく、白バイ隊員が行う訓練でスピードメーターを隠して体に速度を覚えさせるというものがある。
バイクが趣味の早乙女は目を瞑りながら走行して、決めた速度により近い方が勝ちといった「遊び」をしていた経験から、不確かではあるがおおよその見解を述べた。
「地下1kmだと岐阜のスーパーオカミカンデくらいだね」
「なんだそれ?」
「素粒子の観測施設。え~っと、宇宙から飛んできてるニュートリノを......、まぁわかりやす言うと、宇宙から降って来てる何かを観測とか実験とかしてる所だよ」
祖父の事業の関係から、見学と多少の知識がある辰巳だが、まったく知らないであろう早乙女にどう説明したものかと考えてかなり簡単に答えた。
「神岡っていう場所と核子崩壊実験の英語表記の頭文字がNDEだからそれとくっつけたのが名前の由来」
「それだとカミオカじゃね。なんだよオカミカって?」
「知らないよ~、名前考えた人のセンスでしょ」
「ちなみにハイパーもあってね......」と続けようとした辰巳だが、「なんだか先ほどより暖かくというよりは暑くないか?」と、すっかり持ち直した高野に言われ、二人は額に汗を浮かべているのに気づく。
「お前たちさっさと来ないか。こちらで説明するぞ」
先を歩いていた柘植が手を振り返りながら言うのだが、3人は多少足を速めたものの、柘植と微妙な間隔を開けている。
「何を警戒している?取って食ったりせんぞ」
「いや、警戒しない方がおかしいっすよ」
早乙女が柘植に答え、辰巳は後方、高野は辺りを見回しながら歩く。
「おぉ、ちゃんとフォーメーション作っとるではないか感心感心。これも日頃の教練の成果だな」
相変わらず上機嫌なのは柘植だけだが、それがかえって3人の不安と警戒心を高める。
その辺りはわかっていると言わんばかりに柘植は続ける。
「まぁ信用しろ。実際に見せてから説明した方が余計な勘繰りもなくて済むだろ?ほら、あの先が話の本題だ」
柘植がパイプを持った手でその方向を指さすと、フットライトの代わりの水晶が点々と配置されている先の出口と思われる部分が、今自分たちが歩いてきた道より少しだけ明るさを増している事が伺えた。
「いよいよ高温の油の中に入れって言われるんじゃないかな?」
「卵もパン粉の工程も無かったし、どこにも山猫亭の看板無かったけどな」
早乙女と辰巳のやり取りに応えるかのように進むに連れ、明らかに気温が上がって行く。
そしてトンネルを抜けた先でそれを目の当たりにした3人は、そこまでの暑さが一気に下がったことにも気づかず、理解も追い付かないまま立ち尽くした。
「ねぇ隼兄、昼間のあれってマジなのかな?」
時間は夜の21時を少し回ったところ。22時の消灯までの自由時間の最中に辰巳が聞いてきた。
日によっては宿題やテストがあるので、自習室にて各々勉強したりするのだが、普段から自習室をあまり利用しない早乙女と辰巳と違い、本日は高野も娯楽室にてジャージ姿で頭を悩ませながらソファーに深く凭れていた。
早乙女は寝そべり、PXで購入してきたバイク雑誌を読みながら目を逸らさず応える。
「ばっちり見たし懇切丁寧に説明されたろ。気になるなら今日は班長が当直室にいるから聞いて来いよ」
「いや~、言ってることはわかるんだけど理解が……ね。あんなのマンガの世界じゃん。班長は取って食ったりしないって言ったけど、あれが動いたら絶対食べられちゃうよね。
リーダーはどうなの?珍しく娯楽室にいるけど」
聞かれた高野も早乙女も辰巳と同じだ。
あまりにも常軌を逸している。ただ理解も納得もできないが飲み込むしかない状況。
早乙女と辰巳はどうかは知らないが、少なくとも自分は逃げ出してもまた明日の朝にはここに戻されているだろうという、ある意味の絶望も無条件で受け入れなくてはならない。進むしかないひたすらの不安。そんな状況から高野が口を開いた。
「解らん。不安も、いやそれを通り越して恐怖ですらあるし、どう言ったところで解決にはならんのだろうが、自分の声に出して自らの言葉を耳で聞くことで少しは気持ちの整理はできるかもしれん。早乙女、お前が思ってることも聞かせてはくれないか?」
高野の言葉に早乙女も雑誌を閉じて体を起こす。
「さすがに高野もあれには驚いたか」
「ワシは別に冷静沈着なわけではない。普段からワシは頭がおかしいと言っているが今日の事は自分がまともにすら思えてくるわい」
3人は当てもなく天井を仰ぐ。
洞窟の先、3人の目線の先には8メートル程の高さの一匹の竜がいた。
柘植の説明では化石とのことだが色艶すら伺える皮膚。その姿はただ眠っているようであり、いつその眼が開いてもおかしくないように思えた。
そしてその竜の前にいくつもの卵が並んでいる。
台座のような物に等間隔に並べられているそれらは目の前の竜の化石とは違い、孵化する可能性があるようだ。
その条件は定まっていないが憲国軍の新入隊員。高野達のように紫の腕章を着けている者が関わってるとのこと。
そして教育隊修了までの残りの期間は特技の特定と強化、卵の孵化を重点に置くこととなるのだが、
「卵が孵ればその場で幹部、一個艦隊を任せられるとか言われてもな」
柘植が教育隊に着任してから覚えている限り、卵の孵化に立ち会ったのは1度だけらしく、成功例などは機密のため軍も幕僚以上の幹部、その中でも一握りしか知らないらしい。
「完ぺきに無理ゲーだよね。特技だって隼兄のちょっと火を出す程度じゃ認められないっぽいし」
「一応昼間絡まれた時にやった幻惑の、あれより強力でもっと確実じゃねぇと高野の言う通り手品師止まりだな。そうしたら取れるだけ免許取って若い内に辞める方が案牌かもな」
「隼兄はなんで入ったかわかんないって言ってたからね」
一般的に高校を卒業して入隊した場合、三曹に昇進するには特別功績を上げない限り最短でも3年弱かかる。
それは入隊時二級海士から始まり、基本的に昇格は年に一度。一士、士長その次に三曹となるからだ。
ちなみに理屈での最短でだが、三曹になるには昇級試験がある。ここで合格点を取るのはもちろんなのだが、その試験を受けるのに上司の許可が必要になる。一般的な会社で言い換えれば自分が所属している部署。例えば営業部に所属していればそこの部長クラスと社長の許可をもらって受験が可能となる。
なにも昇進を妬んだ上司が意地悪をして受験させないというわけではなく、海上勤務の場合は遠洋航海などに出ていれば試験を受けるのに陸の会場までヘリコプターなどでピックアップする場合もある。配属された部隊によっては任務のためその時期の受験を見送らなければならないこともあるのだろう。
それとどこの組織でもあるのが内申である。上司が素行不良と判断すれば許可が下りないこともあるし、中には試験は満点でも、内申で難があれば昇進できないパターンもある。
上記の理由もあり、21か22、早い者で20歳で三曹の階級を着けていればまず優秀と言って良いが、配属部隊や環境にも左右されるので、おおよそ三曹になる平均は20代後半である。
ただ、昇進意欲、忠誠心、貢献度やそもそもの能力など、何を取って階級に相応しいと呼ぶかは難しく、実直な者だけが上にいるとは限らない。
ここでなぜ海士は二級海士からなのに曹は三曹からと思うかもしれないが、海士にも三級海士という階級は存在していた。
これは中学校を卒業後に高校に進学せずに入隊した者にあたり、これが高野が言っていた兵学校である。
現在は廃止されていることからお目に掛かる機会は無いが、ある程度の階級の者には三士上がりがいるので、その者達が様々な意味で一目置かれていることは覚えておいて損はないだろう。
士、曹にならず、いきなり幹部を目指すものは軍大学に進む道もあるのでその事を高野が言うと、早乙女と辰巳は顔を見合わせて高野の方を向いた。
「軍が嫌で脱柵するくらいなんだから、とりあえず3年務めたら退職金もらって田舎帰れば良くねぇか?」
「いや、これがワシの夢でなく、このままの人生が続くのなら歴史や文献を見て、この国がいつまでも縮こまっているのは我慢ならぬだけだ。構えていては攻められるだけだ。こちらから攻めてこそ意思を示すというもの
それを行うなら自分が上に行き、組織を動かす立場になるのが必然だろう」
「リーダー、アメリカ攻めるとか言わないでよ?友好関係にあるんだし、そのおかげで色々発展したんだしさ。
あ~、でもリーダーの言う通り実際思ってること口に出してってのは一理あったね。なんかここでダメでもいきなり死ぬわけじゃないんだし、そう考えたら何か気が楽になったかな」
言いながら辰巳は娯楽室に設置してある冷蔵庫からプリンを出して来て食べ始めた。
「考え方はそれぞれだけど確かにジョーの言う通りだな。
俺も昼間のは正直どうしたものかと思ってたけど、ダメならダメだし。そもそもスポーツ選手みたいに何を専門的に鍛えれば良いってのがわかってるもんでもないしな」
早乙女も気持ちの落し処が決まったのか、その口調は明るめである。場の空気が一段落したところで辰巳が話題を変えた。
「あ、隼兄。明日は休日だけど外出する?」
「俺は特に用事ねぇけどジョーがどっか行きてぇなら付き合うぜ」
「リーダーはどう?今日のことがあったからってわけじゃないけど、たまには部隊外で休日すごすとかさ」
毎週末外出するわけではないのだが、いつも断られている辰巳の方はそれを気にしていないかのように様子で誘う。
「そうだな。たまには一緒に出ても良いのかもな」
またしても早乙女と辰巳は顔を見合わせた。そんな二人を見て、どこか含みのある言い方で高野は続ける。
「それに辰巳がなにやら甘いものをご馳走してくれるというのだ。ご相伴にあずからないわけにもいくまい」
その言葉に辰巳の頭にハテナマークが浮かんだ。
「お前、そのプリンはワシのだろう。どこかに置き忘れたと思っていたが、昼間食器を下げる時を思い出すと行動が不自然だったのでな」
話の流れ的に、よもや指摘されるとは夢にも思っていなかった辰巳はしばらく食べかけのプリンを見て高野に、
「少し食べちゃったけど……」と最後まで言う前に食べかけを寄越すなと言われてしまった。
「じゃあ明日は高野とジョーでデートってことだな」
観念してプリンを食べている辰巳を置いて今度は高野の頭にハテナが浮かぶ。
「だって一人は当直だろ?」
表記に問題がなければ[カミオカンデ]に戻すと思います。




