02-02
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さて、高野達の部隊、今年入隊して紫の腕章をつけているのはこの3名のみである。
高野 五郎。
新潟の出身であり、本人は中学校を卒業して海軍兵学校に来たつもりだったがすでに学歴は高校卒となっており、帝国海軍ではなく、聞いたこともないこの憲国軍へと入隊していた。記憶に齟齬があり、説明されるまで戦時中と思っていたり、現在の年号もいつのものかわからないという具合。
何かを思い出そうとすると激しい頭痛に襲われ、何度も脱柵(脱走)して地元に帰ろうとしたが、気づけば次の日の朝になり、隊舎のベッドで起床している。
加えて言えば早乙女、辰巳は高野が抜け出すところを見たことが無く、また強引に門から出ようとした時にそれを止めた門番が報告したという話も無い。
最初は寝ぼけていたのだろうと思ったが、何度も同じ夢を見るので自分は頭か精神に異常があると医務官に訴えた。しかし最近では教練が嫌でさぼりに来ているとすら思われているのか、まともに取り合ってもらえない有様。
教育隊の四ヶ月を終えれば部隊配属になるので、そうすれば外出も今よりは自由が利くと自身に言い聞かせ、真面目に日々課業に勤しむのだが座学も艦のことや一般教養は理解できても、先ほど早乙女が行なった「手品」のようなものになるとさっぱりである。
早乙女が喧嘩の際に「弱者保護」と言っていたが実は逆である。
紫の腕章の者は軍内部において特殊能力の保持者であり、いわばエリート扱いだ。
しかしその存在事態を軍は隠しておきたいかと、妙な諍いが起きないように他の隊員に向けては「身体的に難がある者」と教育している。
早乙女、辰巳と違い能力の発現がみられない高野は特殊な訓練においては日々頭を悩ませている反面、柘植に申し出て歴史や戦略に関する資料を用意してもらい、そちらの勉学に力を入れている。だが歴史の資料を読み漁り、高野はその内容に愕然とした。
[帝国海軍は存在しない]
それを素直に受け入れることはできなかったが、現在高野のいる世界ではそれが事実なのだと自我を保っていられるのは入隊後1ヶ月ほどしてから訪れた、高野が亡霊と呼んでいる主から説明があったからである。
その男の言うことだけはなぜか覚えが悪く、最初の内は数時間すると名前も忘れてしまう程度。それでも断片的にでも思い出して繋げていくと、どうやら自分はこの世界の人間ではないらしい。
だが全く違う世界とも言い切れない。
もしかしたら自分がいたところの未来かもしれないという可能性が少なからずあるというのがなんとも気色の悪い話である。
とりあえずこれだけは大事なのか覚えていることは、ここは夢ではなく、今現在高野が生きていられる空間。端的に言えば今はここが自分の世界であるということなので、ここで自分を傷付けたり、ましてや思い切りよく自害などは間違ってもしないようにということは念を押された。
なお高野の記憶からは既に消えているが、脱柵しても戻ってきてしまうのは主の手配によるものという説明も一応その都度されている。
また苗字には異論はないが、登録上の名前が五郎となっていることには納得しきれていない。
しかし違和感があっても自分の名前が思い出せない以上飲み込むしかないのがなんとも居心地が悪いのも事実である。
加えると特殊な能力のない高野が腕章を着けているのも主の手配によるものである。
次に指先から小さな火を出して柘植と談笑しているのが早乙女 隼人。
180cm程度と同期の中では身長が一番高い。訓練のお陰か元々なのか、決して太すぎない筋肉質な体系はスポーツのジャンルで分類するとボクサーと言ったところか。
髪型はアイパーリーゼント。承知の方も多いとは思うが、突き出している部分はポンパドールと呼ばれ、リーゼント部分は頭の横の髪型を指す。
早乙女の場合、入隊時は主張強くせり出ていた頭髪前部だが、四六時中帽子を被ることから髪型が崩れることを嫌い、現在は控えめにしている。
程度の差はあるが、高野同様に記憶が欠落していて、高校を卒業したところまでは覚えているが間違っても軍隊に入りたがる性格ではないということは本人が重々理解しているため、場違いと思い入隊式前に出て行こうとしたところを柘植に呼び止められ、「あんたが俺より強ぇなら従うぜ」と喧嘩っ早く殴り掛かったところを見事にのされたこと。そもそも高校の後に何をしようとしていたかが思い出せないので、記憶喪失の人間がすぐに働くことは難しいだろうということに加え、憲国軍の俸給(給料)が稼げる資格も記憶もない高卒の身であれば言うほど悪くないと思ったので現状に落ち着いている。
頭が悪いわけではないが、普通の勉学にはいまいち身が入らない。しかし、高野が「手品」と呼んでいた特殊技能はすんなりとこなせたため、考えるより感覚的に行えることが気に入り、現在はさらなる飛躍のため特技の科目に専念している。
性格は行き当たりばったりな部分が目立ち、失敗してもあまり反省しない。
また短気なところは本人も自覚しており、先ほど休憩中に絡まれた時も、本来の早乙女であれば恵まれた体格と喧嘩のセンスで軽くあしらうことも可能なのだ。しかし柘植の言いつけを受け入れて、なるべく安い喧嘩は買わないようにしている。
最後に無機質なエレベーターの隙間から深さがわからないか覗いているのが辰巳 城一。
とある財閥の跡取りという立場上、入隊する必要はないのだが本人は強さやカッコよさに憧れを抱いており、「実力で掴んでこそ本物」といった信念がどう紆余曲折してか自衛隊の門を叩いたはずだった。
だが何も調べず訪れたことから門で「四月入隊の応募は終っていてる」と言われ、項垂れて途方にくれているところを柘植に呼び止められ、事情を説明するとそもそも自衛隊という組織自体がなく、あるのは憲国軍だということを聞かされ頭にハテナマークが浮かんだ。
それでも強くなれるには違いないと頼み込んだところ、即興の試験を通過した次第である。
なお入隊の際は絶大な権力を持つ祖父と一悶着あったのだが、柘植からの電話で嘘のようにあっさりと許可がでた。
裕福な環境で、幼少期より多くの教養を学んできたことといたずら好きな性格も相まって、一部の事においては偉く頭の回転が早く、整った顔に残るあどけなさから女性ウケは良い。本人もそれを自覚しているのでまずお目当ての女性が靡かないことは無かったのだが、現在は花輪に積極的にアプローチをかけ、日々の連敗記録を更新している。
ちなみに毎日休憩時に早乙女(たまに高野も入る)とするジャンケンでの連勝記録は辰巳の培われた洞察力によるものであり、早乙女の「特技」とはまた違う。
強い男への憧れからか体力練成は率先して行い、放っておけばいつまでも続けることから無限の体力が辰巳の特技かと思われた。
しかしそれは持久走の時に確定したのだが、一定のペースで走っていても少し先に女性隊員の走者をみつけると短距離走とも思える加速で近づいたり、懸垂などでも近くに女性隊員の班がいればそちらに顔を向けて永遠と続けることから、これは特技ではなく辰巳の女好きからくるものであった。
実のところは先ほど隊員に絡まれた時に使った雷系のものが本来の彼の特技にあたる。
分け隔てない性格と、女性を口説くことをある意味趣味としているせいか観察眼は高く、それでいて無邪気な幼さもあるので兄貴肌の早乙女とは気が合うのか、休日も含め殆ど一緒にいる事が多い。
高野とは気が合う合わない以前に休日外出に誘っても来ない事が多いが高野の性格を理解し、加えて寝食を共にしている間柄、真面目で堅実な部分を大いに尊重している。そんな明るい性格の辰巳は自分を含めて3名しかいない班の同期を盛り上げていくムードメーカーである。
そして彼ら3名をまとめるのが班長である柘植だ。
教練であれば、初めての教官なら最初に自己紹介が行なわれる。
柘植の場合もそれは例外ではない。しかし他の教官は皆同様名前があるのだが柘植はなぜか苗字だけしか名乗らなかった。疑問は残るが誰も下の名前を聞かなかったのでいまさら感もあり、高野たちは他の教官同様に苗字の後に班長や曹長と付けて呼んでいる。
年齢は50代で身長も早乙女程ではないが高い部類に入り、見た目は落ち着いたダンディさを漂わせたスマートなイメージ。
いつも愛用のパイプで喫煙し、TPOは弁えているが用事で教官室に入ると、火は点けていないまでもパイプを咥えていないことの方が珍しい。
今は虫も殺さないような穏やかな雰囲気だが、一たび教練となれば先ほどの号令のように打って変わりピシリと厳しい性格に変わる。
「早乙女の煙草が済んだら下に降りよう」
柘植がそう言うと同時くらいに昼休憩の終わりを知らせる号令、課業始め5分前の放送が壁に備え付けてあるスピーカーから流れてくると、早乙女はまだ少し長い煙草を灰皿に押し付けた。
「班長、吸い殻は何処にまとめればいいっすか?」
PXの喫煙所であれば煙缶と呼ばれるお菓子の缶詰に穴を開けたような吸い殻入れがあり、そちらに移すのだが早乙女が見渡す限りそれは見あたらない。
「あぁ灰皿に置いて、帰りに持っていけ。あと、諸君に伝えておく......」
柘植はエレベータの操作盤の電源を入れながら話を続ける。
「ここから先に入る場合において、尚且つ私が監督している限りはある程度の礼儀や規則は緩和される。要するにあまりお行儀よくしてなくても良いということだ」
意外な言葉に3名はお互いに顔を向き合わせたりするが、辰巳が「そう言って引っ掛けるつもりじゃ……」と控えめな声で聞く。
柘植は日頃自分の指導がどう伝わっているのかを察して少し可笑しそうに笑った。
「あぁいや本当に言葉通りだ。と言ってもあまり普段と変わるわけではないんだが。
さあ乗れ。いないとは思うがエレベーターとの隙間に足なんか挟むなよ?そこまで鈍くさいやつは1人で短艇を漕がせるぞ」
普段接している柘植より僅かだが、楽しさというか無邪気さが伝わってくるようだ。
それに些か和んだのか、柘植と3名を乗せたエレベーターは地下へと降りていく。
次第に地上にあたる詰め所の電灯の明かりは届かなくなり、暗がりの中、唯一道筋を示す薄暗い緑の常夜灯だけが否応なしに主張してくる。
「ねぇ隼兄、さっきより寒くない?」
両腕を抱えるようにして辰巳が言うと、早乙女もそう感じてはいたがそれよりエレベーターの速度が気になった。
「ジョー、寒いのは確かになんだが、たぶん温度は上と大差なくてもこのスピード、風が強いから余計体感温度が寒く感じるんじゃねぇか」
言いながら早乙女は何処に誰がいるかわからないほどの暗がりで、一瞬常夜灯に照らされた高野の姿を見つける。
彼はエレベーターの手摺を両手で掴み、顔を下に向けているようだった。
「おい高野、大丈夫かよ?」
声を掛けられ、ハッと我に返ったのか高野は絞り出すように答えた。
「あぁなんとかな……。やけに息苦しくないか?それになんだ、寒さから来るものではない。なにかこう……すまん、上手く言えないが嫌な感じがする」
「班長、止めないにしろもう少しゆっくり降りられないっすか?」
「おぉなんだ早乙女、この程度の速度で臆したのか?お前は単車で三輪車並みのスピードしか出したことないのか?」
下って行くにつれ、様々な反響音がボリュームを上げていく。柘植もきめの声で応える。
「俺じゃなくて高野が気分悪そうなんで!」
「もう少しだ。高野も昼のカレーを戻すんじゃないぞ」
明らかに楽しんでいる柘植の声。だがその言葉に偽りはなく、数十秒するとエレベーターは徐々にその速度を落として行く。




