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RVALON  作者: 竜;
RVALON Ⅱ ~Zilch~

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58/62

02-01

「いや、あそこで怪しい実験か何かしてるんだってば」


 食堂の向かいにある売店、PXとはPost Xchangeの略で戦時中に手紙などの郵便物の取り扱いがメインであったことからの由来である。

 その頃から少しずつ飲食物などを取り扱うようになり、今では簡単な日用品などが置かれている。

 高齢の教官や軍マニアがPXや酒保と呼ぶ名残はあるが、現在では単純に売店と呼ぶ者がほとんどである。

 隊内だからといって特別な物ばかり揃えているわけではなく、世間一般のコンビニと思ってもらって相違ない。

 特色としては靴磨きの道具や陸警靴りっけいか半長靴はんちょうかといわれるブーツを履いた時の裾をまとめておくゴム紐、隊員の故郷帰省時や来賓の方のお土産用にレトルトの海軍カレーなどがある。

 そして先ほど食事を終えて来たばかりでも若い隊員は食欲旺盛な者も多く、例えデザートプリンを2つ食べた後だとしても、これは別腹と言わんばかりに辰巳はアイスを頬張っていた。


「食ってから喋れっての。ったく、なんでお前ジャンケンだけは強ぇんだよ」


 肘をついてブラックの缶コーヒーを飲みながら早乙女は言った。


「隼兄はわかりやすいんだよね、今日もご馳走様~♪」


「夕飯の時また勝負だからな。今度は腕相撲にしようぜ」


 盛り上がっている二人の間に割って入ってくる声がした。


「おい、お前らうるせぇんだよ」


 会話を止めて同じ方向を向く早乙女と辰巳の先には少し伸びた坊主頭の隊員がこちらを睨みつけている。

 その後ろには仲間と思われる同じような背丈の隊員が二人ほどいて、胸元にある階級章をみると自分たちと同じ二等兵、分隊は違うが一緒に入隊式を迎えた同期である。


「おぉ悪ぃな」


 早乙女の軽い態度が気に食わなかったのか、その隊員は怒りをあからさまに押し出すように言う。


「試験も受けず、名前書いただけで入ってきたお情け班のやつが偉そうにしやがって、それにその髪型ナメてんのか?」


 本人はドスを聞かせてるつもりなのだろうが、相手にする気のない早乙女は「わかったからいあっち行けよ」とわかりやすく態度で示し、軽く掌をヒラヒラさせた。

 その態度にますます怒りのボルテージを上げた隊員は早乙女達の前にあるテーブルを蹴飛ばす。

 下が芝生なので派手な音はしないが、横たわったテーブルを見て辰巳が「あ~っと、うるさくしてたのは謝るからさ、でも物にあたるの良くないよ。ほら、みんなの税金で買ってる物だし」そう口では謝る。

 だが、それすらへらへらした感じなのでこれも相手の神経を逆撫でする形になり、辰巳は最初に文句をつけてきた隊員の後ろに控えていたもう一人に胸ぐらを掴まれた。


「だいたいお前らなんなんだよ?食堂でも幹部みたいな顔して座ってるしよ」


「てめぇと同じ二士だよ。自分で運んで来てるし特別なことなんて無ぇよ。あぁいや、違うと言えば違うか。座学でもあっただろ?この紫の腕章つけてる奴は一番弱い者の印だから弱者保護の精神を大事にしましょうってよ。いい加減ジョーから手ぇ放せ」


 呆れた感じで言う早乙女と脅える様子もない辰巳。後ろにいたもう一人も近づいてきて早乙女の頭を掴んでにやけた口調で言う。


「調子こいてんじゃねぇよ。しっかし、なんだぁこのダサせぇ髪型はぁ」


「なんで馬鹿から近づいて来るんだかな」


 軽くため息をつきながら、自分の頭を掴んでいる手に早乙女が触れる。するとその隊員は飛びのきながら手を離した。


「あっつ……お前、何しやがった……っ!」


 辰巳を掴んでいた隊員が早乙女の方を向くと同時に自分の手に痛みが走り、そちらも短く驚いた声を上げて咄嗟に手を離した。


「ハンドパワー……なんちって」


 両手をひらいて見せる辰巳を見て、何が起きたかわからない二人の隊員が残りの一人の方に顔を向けるが「いや、何もしてなかったぜ、手に触れただけに見えた」そう言うのだった。


「なぁ、俺らが調子くれてるように見えて気に食わないなら、ここは一つ穏便に勝負といこうぜ」

 言いながら早乙女は隊員が蹴り倒したテーブルを元に戻し、ズボンのポケットからオイルライターを取り出し着火。辰巳が差し出した金属製の灰皿を逆さにして鷲掴むとそのまま炙り始めた。


「根性焼きのチキンレースってやつだ。この状態で長く持ってた方が勝ちでどうだ?」


 言ってるそばから早乙女の手から、僅かに皮膚の焦げる匂いを含んだ煙が上り始める。しかし当の本人は熱そうな素振りも見せずに隊員の一人を直視しながら続ける。


「素人の殴り合いなんて面白く無ぇからな。あ~熱い熱い、俺はここまでっと」


 汗一つかかず、表情も変えない明るい口調で早乙女は隊員の一人に灰皿を放ってよこすと、その隊員は反射的に両手を出してそれを受け取る。

 だが灰皿が手に触れた瞬間、自身の手から焼ける音と耐え難い熱に慌てて手を双方に開くと勢いよく後ろにいた二人の隊員の顔面へと直撃した。


「あぅっ……」「ぃってぇ......」


 呻くようにその場にうずくまる隊員二名。

 一方、仲間を殴ってしまった方の隊員は手を庇いながら早乙女を見る。


「普通、焼けた灰皿持ったら熱いに決まってんだろ」


 コーヒーを一口飲みながら何事も無かったかのように言う早乙女の言葉に、消沈したかに思えた怒りが再び沸き立った隊員は、何の捻りも無く拳を固めて殴り掛かろうとした。その時、


「貴様等、何をしている!」


 貫禄のある怒鳴り声に動きを止めた。

 声の方を見ると、階級章のついた黒い背広を着た厳しい顔立ちの中年男性がピンと姿勢を正した状態で立っている。階級は曹長。

 喧嘩をしていたとなると懲罰の恐れがあるため、その隊員は慌てて言い訳をしようとするが振り上げた拳を下すことに頭が回っていない。


「あ~、他分隊との親睦を深めている……的な~」


 相変わらず敬意を欠いた口調で辰巳が言うと曹長は早乙女の方を見て言った。


「なるほど、これから握手をするところだったか。そちらが殴ろうとしているように見えているのは勘違いでよいのだな?」


 その言葉は自分に向けられていると感じたので、早乙女はにこにこしながら自身に振り上げられている拳を握りながら答えた。


「そうなんですよ。ほら握手握手っと」


 強制的に拳を広げられてく隊員。、その力の強さもだが、それよりも早乙女の手から伝わる温度が異常に高いことに気付いた。

 暖かいなんてものじゃない、熱い。ツボでも刺激されているのかと思うほど、とても人の体温だとは思えない。

 そう思いながら嫌な汗が額に噴き出し、恐怖すら感じ、視線を手から早乙女の顔に移すと自分と目が合った彼は言う。


「上手く掛かってくれよ」


 ……三人の隊員はほぼ同じタイミングで顔を上げた。

 どうやらテーブルにうつ伏せるようにして寝ていたらしい。

 お互いに状況が理解できないでいると、少し離れたテーブルで曹長に言い訳するように騒いでいる早乙女達がいた。

 だがまるで隊員達は何事も無かったかのように軽く頭を掻きながら立ち上がり、質の悪い睡眠から覚めたように頭をふらつかせながらその場を後にした。


「だから俺ら全く悪く無ぇんだって」


「そうだよ、ほんと一方的ないちゃもん。それに隼兄は穏便に片付けようとしたんだよ……あ、したのであります」


 熱した灰皿に慌てた隊員が仲間の隊員を殴り、逆上してきたのはあくまで不可抗力な事を先ほどとは態度を改め、早乙女も辰巳も真面目に訴えている。

 しかし突っかかられたこと自体に問題があるといったニュアンスを込めて、曹長は軽くため息交じりに言う。


「それこそ日頃の行いというものだ」


「班長、申し訳ありません。厠に行っていたとはいえ、ワシの管理が足らなかったばかりに」


「高野のせいではない。いいか二人とも、前半二ヵ月の座学の中で同じ憲国軍であっても隔たりがあることについては教育があったはずだ。階級こそ二士だが、我が分隊がつけている紫の腕章の意味を今一度理解することだ」


 軽く返事はするが、どこか腑に落ちない様子の二人を見て、些か仕方ない部分もあるかと軽く息を漏らした班長である柘植つげは胸ポケットから喫煙具のパイプを取り出し、手馴れた手つきで葉を詰め、テーブルに置いてあった早乙女のライターで火を点けた。

 数回呼吸を繰り返すと香ばしい煙が漂い始める。


「あ、班長、俺も吸って良いっすか?」


「ほら早乙女、そういうところだ。この国では二十歳でないと飲酒や喫煙は認められていない」


「でも俺ら、軍人は入った時点で成人扱い、加えて敷地内は治外法権ってやつが適応されるって……」


「お前が単純なバカなら、うるさい黙れとゲンコツで済むのだが。都合の良いルールばかりはすぐ覚える。まぁ、お前ぐらいで吸っていた私が言える立場でもないが……」


 昼休憩の時間が終わるまでまだ15分程あるが、柘植の一括もあり、とばっちりを喰らってはたまらないと他の隊員は早々に退散したので、この場には自分たちしかいない。

 柘植は8メートルほど先にある防空壕の入り口を見ながら続ける。


「一応体裁というものがある。お前達次の座学は私が担当だったな、丁度いいのでその防空壕の中の見学としよう」


 ポケットからスマホを取り出した柘植は自分の上官、分隊長に連絡を入れると高野達を先導して防空壕へと入って行った。


 外の気温とは明らかに差がある。岩を掘り、コンクリートで補強してある中はその無機質さも相まってひんやりとした印象である。

 高野達は柔らかいゴム底の作業靴だが柘植は制服のため、革靴を履いているのでその硬い靴底が軽く音を響かせている。

 辺りは暗く、道筋だけがわかるようフットライトが配置されている程度だ。


 少し歩くと鉄製の扉、オフィス等にある手軽なものではなく、防火扉と呼ばれる厚みのある頑丈な物に出くわした。

 柘植が鍵を取り出し、開錠していると「ここより先に入るのは初めて~」と辰巳が言った。


「ん、ジョー、お前ここまでは来たことがあるのかよ?」


 ハッとした辰巳が慌てた様子で言う。明らかに口が滑ったという感じだ。


「え、いやまぁ興味本位というか」


「辰巳、許可が無ければ立ち入ってはいかんと教育あっただろう」


 だが聞いていた柘植が軽く笑ったのでその意外な反応に一同黙った。


「いつの時期でもいるものだ。辰巳、管理職という立場上推奨はできないが、私以外にばれないことだ。いや、出くわしてしまったら私も叱らなければならないがな」


 何やら恥ずかし気に返事をする辰巳に対し、何のことか理解できないでいる高野。

 早乙女は察したらしく、追及はせずに柘植に喫煙して良いか聞いた。


「待て早乙女。この先に詰め所がある」


 扉を開けて柘植が明かりを点けると、そこは10畳ほどの広さには無機質タイルが敷かれた区画。奥にはある程度の大きさの物を運搬できるような、炭鉱などで見られる剥き出しのエレベーターが強い存在感を放っていた。

 簡易的な椅子やテーブルがあり、そこに灰皿も置いてあったので早乙女はポケットから煙草を取り出し、ライターではなく自分の指先を煙草の先端へ軽く押し付け火を点けた。


「なんだよここ、本当にジョーが言ってたみたいに何かの実験施設なのか?」


 至福の煙を吐き出しながら聞く気なく軽い笑みを浮かべる早乙女に、柘植の前に高野が口を開く。


「早乙女、あまり大っぴらにそれを使うな」


 悪びれず、何か言おうとした早乙女を遮るように柘植は言った。


「いや、良いんだ。今まで座学で教わったことをより具体的にすることと、これからお前たちが配属される部隊やその職務について関係もする。この下にその理由があるから実際に見た方が理解も早いだろう」


 パイプを口から離し、僅かに顔を上に向けると柘植の吐き出した煙がやんわりと行く当てもなく漂いながら薄く揺らぐ。


「と、その前に……番号!」


 弾いたような張りのある柘植の言葉に、一同は瞬時に姿勢を正し高野、早乙女、辰巳の順に「一!二!三!」と言い終えると高野が声を張って続ける。


「第三分隊、第一班、以上三名、教練準備よし!礼!」


 高野の号令で、怒鳴るような音量で挨拶をする早乙女と辰巳は先ほどのだらけた態度とは一変し、まるで機械で押さえつけられているかのように正確な角度で上半身を10度倒す。

 一呼吸置き、バネのように勢いよく体制を戻すと、背中に一本の棒でも入っているかのような直立不動の姿勢で精鍛な顔つきで柘植の方を見る。


「楽にやすめ」


 柘植の言葉を高野が復唱すると二人は一気に全身から力を抜いたように肩を下げた。


「ふむ、挨拶に難癖と言うつもりはない。だが皆、ここに来るまでで一つ指摘する点がある」


 いたずらっ子のように薄っすらと笑みを浮かべながら、柘植は自身の被っている帽子を指さす。途端に高野は勢いよく「着帽!」と言い放ち、再び一同姿勢を正して帽子をかぶる。今度は帽子のツバに手を当て敬礼の姿勢を取った。


「まぁ、まだ午後の課業始めの号令は鳴っていないのでお咎めは無しとしておく」


 再びパイプの煙をくゆらせ始める柘植に対し、早乙女はすっかり短くなった煙草をテーブルの上にある灰皿へ押し付けると新しく一本出して火を点ける。


 軍の基本的なルールは共通なのだが、現在防空壕内にいる四名は同じ組織ではあれど、パッと見ただけでは区別がつかない。

 そのため、高野達三名が着けている[紫の腕章]は特別な意味を持つ。


 入隊の時期により人数の上下はあるが今回四月に憲国軍隊員として入隊し、現在この教育隊で編成されている所を例に挙げると、一つの分隊を四~六班に分け、一班約十名前後、海兵館と呼ばれる八階建ての隊舎に新人の男性隊員が寝泊まりすることになる。

 不要な装飾を良しとしないその中は、学校や簡素な病院がイメージとしては近い。

 白が基調の殺風景な部屋ではあるが壁に私物のポスターなどは不要として認められず、家族や恋人の写真をロッカーの内側に貼るのがせいぜいだろうか。

 陸、海、空と3つに分けられている憲国軍だが、空はその中でもまた特殊なためここでは割愛させていただく。

 陸と海で比較すると海は躾に関しては特別厳しく教育される傾向にある。

 陸が厳しくないということではなく、教育期間が陸が3ヶ月に対し海は4ヶ月となっていることと、そもそもの職務内容が異なるからだ。

 そんな躾に厳しい海士基礎教育課程で学ぶのは艦の構造ばかりではなく、常に整理整頓と掃除を意識下に叩きこまれる。


 高野達は現在青い作業服を着用し、作業靴も底の柔らかいものだ。

 しかし制服の時は柘植と同じように黒い革靴を履く。これが隊舎の床のタイルと相性が悪く、踵を擦るとヒールマークと呼ばれる黒い跡ができる。

 絨毯などを敷くことは許されず、その中で何十人と生活していれば想像に容易いだろう。

 基本、自分たちの生活空間は自分達で掃除する。

 そして例にもれず付けてしまったヒールマークも自分達で消す。

 教務が16時の合図できっちり終わり、その後おもに体力向上を目的とした別課が45分、19時半までに食事や風呂を済ませ、そこから掃除の時間になる。

 陸上勤務でも艦に乗ることを前提としてのことであることから掃除の号令は甲板掃除とされている。

 そして掃除の後に巡検と呼ばれる上官による見回りが行われるのだが、この時に指摘箇所があれば連帯責任とされ何らかの処置が施される。

 「処置」という範囲の広い言葉を使用したが、これは各分隊により指導方針が違うので一様にはできない。

 巡検後は21時までは自習の時間とされ、22時まで条件付きでの自由時間となる。

 条件付きとは新入隊員、少なくとも教育隊の場合は原則平日の外出は認められていない。

 勿論、家族に不幸があった場合などの特別な事情がある場合は別だが、通常は許可が無ければ門の外には出られない。


 簡略的な説明ではあるが、とにかく課業終わりから消灯までの時間は貴重だ。

 食事、風呂、洗濯、掃除などをいかに早く済ませ、自分の時間を確保できるかに掛かってくる中、そのヒールマークに時間を取られてはなるまいと必然的に歩き方が変わってくる。

 そして床への跡が減るにつれて踵の擦り減り具合も抑えられ、それがスマートな姿勢となると教えられる。


 高野達は旧隊舎と呼ばれる木造の建屋にいるのだが、新しい海兵館はタイルなのに対し、こちらは木の床。多少のお目こぼしはあれど、細かな木目に入ったヒールマークを消すのは至難なので新海兵館より気を使う部分も多い。

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