詩葉先輩の遊び道具 6
詩葉のいた部屋を出てからはあっという間に外に出る。あんなにも広く感じられた世界も、月乃様や小鈴の歩幅ならほんの一瞬で外に出られてしまうらしい。外に出た瞬間、何もかもが見慣れたサイズになってくれたことに安堵する。わたしが小さくなっていた時間は終わり、今度は月乃様と小鈴が巨大になる。
ゆったりとしたペースで運動場を横切っているはずなのに、その歩行ペースは車に乗っているみたいに速い。まあ、普通に歩くだけで時速120キロで歩けるわけだし、当然と言えば当然だけれど。
「丘のところまで送ってあげるね」
月乃様が可愛らしい笑顔で手のひらに乗せたわたしの方に微笑んでくれた。小さく吐き出したやわらかい吐息がかかる。
(こんな近くで可愛い笑顔見せられたら倒れそうなんだけど……)
なんてことはもちろん声には出せなかった。
「ありがとうございます」
本当は月乃様と2人だけでいたかったけれど、当然のように小鈴も一緒に来るみたい。月乃様と同じようなペースでゆったりと歩けることが羨ましい。わたしが月乃様と一緒に歩きたいと思っても、全力疾走でも並走なんてできないのだから。
小鈴が一緒なことは嫌だったけれど、それは顔には出さないように気をつけた。また下手に刺激して怒らせたら怖いし。わたしみたいな普通の人からしたら、彼女たちの中で一番小柄な小鈴ですらビルを抱き潰せるくらいの強い力を持っているだろうから。その気になったらわたしなんて指でプチッと潰されちゃう。
「ねえ、なんでずっと手に乗せてるわけ?」
小鈴が月乃様に不満気に伝えた。
「だって、この子小さいから運んであげないと」
「じゃあ、わたしが運ぶわよ!」
え? せっかく月乃様に運んでもらってるのに!?
「えー、そんなにこの子のこと触りたいの?」
「月乃はおっちょこちょいだから間違って潰しちゃったりしそうだし」
「えー、そんなことしないよー」
「だめ。この子が心配だから、わたしが持ってあげるわ」
絶対嘘だ。見てて簡単にわかる。わたしのことが心配なんて言いながら、ずっと月乃様の方しか見ていない。小鈴は月乃様に対して明らかに好意を寄せている。
少し強引に、わたしの都合なんて一切考えずに小鈴が月乃様の手のひらの方に指を伸ばしてきたから、慌てて声を出す。
「い、いやです……!」
「はぁ?」
小鈴からの冷たい視線が飛んできて、思わず震えてしまった。少し不機嫌になられただけでこんなにも怖いなんて。それでも、できるだけ怖がっていることはバレないように必死に強がった。
「わ、わたしは月乃様に運んでもらいたいです!!!!!」
大声を出して、月乃様の手に座り込んだ。そして、必死に続けた。
「わたし月乃様のこと大好きです!!!」
その瞬間、嬉しそうに笑う月乃様の顔と、目を丸くした小鈴の表情が視界に映った。
わたしは性格が悪いなと思った。月乃様に憧れている、という意味なのに、あえて勘違いされるようなことを言った。小鈴の目の前で小鈴のことを焦らせてやりたかった。大きな身体でいっぱい意地悪されたんだし。ちょっとだけお返ししてやりたかった。せいぜい焦るが良い。
「わー、嬉しいなー。わたしもキミのこと好きだよー」
おそらくまだわたしの名前も知らないのに、月乃様はわたしのことを好き、なんて言ってくれた。やっぱり優しい人だ。月乃様にずっと憧れを抱いていたわたしの感性は大正解だったらしい。ジッと見つめ合っているわたしと月乃様の横から、耳が壊れてしまいそうなくらい大きな声が聞こえてくる。空気を裂くような大声だけで、空気が変わる。
「ちょっ、あんた!!!!」
小鈴はかなり苛立っている様子だった。グッと月乃様の手のひらの上に顔を近づけてきてこわくなる。荒くなった鼻息で吹き飛ばされそうになってしまっていた。こちらに伸びてきていた指先も震えていた。月乃様がこの場にいなかったらそのまま指で押さえつけられて潰されていたかもしれないくらいの剣幕。そう思うと怖くなってきた。どう考えても自分の身体の30倍サイズの巨大少女に喧嘩を売るべきではなかった。
「や、やめてください……」
弱いわたしはこの期に及んで怖くなってきてしまっていた。震えた声を出したら小鈴の声も少しだけ弱まった。
「わたしは何もしてないわよ。むしろあんたが喧嘩売るような真似やめなさいよね……」
「わ、わたしは何もしてないですよ。小鈴さんが勝手に怒ってるだけじゃないですか」
学習しないわたしは、また焚き付けるようなことを言ってしまう。言った後にまたムッとした小鈴の顔を見て、ヤバッと思ったけれど、多分手遅れ。またこちらに顔を近づけてきて大きな声を出された。
「よく言うわね! さっきのは明らかにわたしへの宣戦布告じゃないのよ! 完全に抜け駆けする気満々だったわ! この泥棒猫!!!」
今度は唾まで飛んでくる。月乃様には手のひらにかかってもまったく気付かないくらい小さな飛沫まで、わたしにはしっかり見えていた。
すっかりわたしとの口論に夢中になっていた小鈴は、そんな明らかに好意を寄せていることがバレるようなことを真横で月乃様に聞かれていることにも全然気づいていなかったみたい。横からは月乃様の呑気な声が聞こえていた。
「抜け駆け? 猫?」
月乃様が不思議そうに首を傾げている。その反応を見て、ようやく小鈴が我に返った。
「ぬ、抜け駆けっていうか、その、違うのよ。わたしだって月乃のこと好きだから……、いや、じゃなくて、その、そういう意味じゃないっていうか……。いや、でも嘘、そういう意味で……。と、とにかく好きなの、月乃がっ……」
小鈴があわわわ、と変な声を出していた。もはや告白である。
30倍サイズの少女の表情の機微は嫌というほどわかる。きっと今修羅場になっているのだ。よく考えたら30倍サイズの巨大少女に恋敵と思われているなんて怖すぎるな。簡単にわたしのことを消せてしまう少女が明確にこちらに敵意を持っているなんて。
そんなわたしたちの険悪な空気なんて気付かずに、月乃様は嬉しそうに笑っていた。嫌な予感がする。これではまるで、小鈴の告白を受け入れたみたいな表情ではないか。
「わたしも小鈴ちゃんのこと大好きだよ!」
ぎゃっ、と手のひらの上から声を出してしまいそうになった。何これ。わたし、もしかして恋愛成就の瞬間に立ち会ってしまっているのか。うわー、逆効果じゃん。変に小鈴のこと刺激して両方に告白させてしまったってこと。なんだよ、こいつら元々両想いだったんじゃん……。
「最悪……」
2人には聞こえないような声で小さく吐き捨てた。泣きそう。今日はたくさん嫌な思いしたけど、今が一番嫌かも。こんなもの見せられるくらいなら詩葉に踏み潰されておいたらよかった。
月乃様に対して持っている感情は憧れとか尊敬とかそういう感情だけれど、嫌いな小鈴と大好きな月乃様が結ばれるのはムカつく。優しくてまともな人間と結ばれてくれるなら納得できるけれど、小鈴と結ばれるのは嫌すぎる。
月乃様に好意を向けてもらった小鈴がさぞかし嬉しそうな顔をしているのだろうと思ったけれど、呆れたような表情をしていた。あれ? 両思いなのに嬉しくないのだろうか。思っていた感じと全然違う。
「ありがと……」
「なんだか浮かない顔してるね? わたしと仲良いの嫌だった?」
「い、嫌じゃないわよ……。仲の良い友達でいてくれてありがとっ!」
ヤケになったように叫んだ小鈴の声は、小さなわたしの耳には痛いくらい大きな音として聞こえた。月乃様はまったく意図に気付いていなさそうだけれど、わたしは理解できて面白くなる。
なるほどね。どうやら月乃様は小鈴のことただの友達と思ってるんだ。安堵と煽り交じりのニヤケ顔で小鈴の顔を見上げていたら小鈴がこちらを見てきた。あ、ヤバっ……。確実に煽りの表情が伝わってしまっている。
冷や汗をかいているわたしの方を見下ろした小鈴の顔は、一瞬苛立っていたけれど、すぐに作り笑いになった。それを見て、また嫌な予感がするのだった。




