詩葉先輩の遊び道具 5
「どうしよう……」
暗くて臭いのきつい空間に閉じ込められてしまった。動くなとは言われたけれど、このまま何十分もいると、気を失ってしまいそうだ。
「少しずつならバレないかな……」
とにかくこの空間から出ようと思って匍匐前進で移動を始める。慎重に動けば足の下にいる小さな存在のことなんて気付かないはずだと思った。
だが、あっさり気付かれてしまう。足裏の感覚は繊細らしい。まるで無言の警告でもするみたいに足裏の位置をほんの少しだけ前後に動かせば、わたしの身体が巨大な足裏によって床に擦り付けられる。
「うげっ……」
たったそれだけで身体が悲鳴を上げた。もはや万策尽きてしまった。逃げることは許されないらしい。
そんなわたしに手を差し伸べてきたのはやはり月乃様だった。
「詩葉先輩、何か隠してませんか?」
のんびりとしたいつもの月乃様だったけれど、確実にこちらに気づいてくれている。それが嬉しかった。
「隠すって、一体何を?」
「足の動かし方変でしたし。足の下に何かを隠すみたいに見えましたよ」
「隠すわけないじゃん」
「じゃあ、足退けてみてくださいよ」
「えー、やだ」
拒否する反応を見て、小鈴が加勢する。
「本当に隠してるんですか?」
「きっと隠してるよ」
月乃様と小鈴、2人から言われて、一瞬意地悪ギャルのため息をつく声が聞こえた。
「わかったよ」
気怠げなため息をもう一度吐き出してから、渋々足を退かすのだった。巨大な足の影から解放されると、新鮮な空気が流れ込んできて、生きていることを実感した。
「あっ」
月乃様と小鈴が同時に驚いた声を出していた。上空からビルみたいに大きな巨大な3人の視線が一気に集まってくる。
「さっきの子よ!」
小鈴と月乃様が同時にしゃがんだから突風で少し身体が浮き上がりそうになってしまった。2人の巨大少女はしゃがむだけで暴風を発生させてしまうらしい。
「この子?」
直後柔らかい指先がわたしの身体を包み込んだ。
「そう! ……って月乃、この子弱ってるんだし安易に触らないでよ」
月乃様が親指と人差し指でわたしのことを摘んで持ち上げたらしい。どんどん床が遠くなっていく。落ちたら今度こそ大けがしてしまいそうだから、恐怖を感じるべきなのだろうけれど、今は月乃様がわたしに触れてくれていることが嬉しすぎて、そんなことはどうでも良かった。
「弱ってるのに床に置いてたら可哀想だし」
そっと乗せられた場所は月乃様の手のひらの上だった。中学生の頃、豪雨で身動きが取れなくなった時に助けてくれたときに乗せてくれた場所と同じ場所。あの時はたくさんの人と一緒に月乃様の手のひらの上に載せられていたけれど、今日はわたしだけの特等席になっていた。月乃様の柔らかい手のひらに乗せられてドキドキする。
「大丈夫?」
グッと覗き込んできた月乃様の綺麗な顔を見て、緊張してしまった。睫毛が長いパッチリとしていた、好奇心旺盛な無邪気な子どもみたいな大きな瞳がわたしだけを見ている。
「は、はい……」
声が震えてしまった。月乃様が目の前にいる。しかも、わたしを手のひらに乗せて顔を近づけてきているなんて……
ヤバいな、このまま倒れてしまいそう。巨大ギャルに襲われている時よりもずっと鼓動が早くなっている気がする。そんなわたしの様子を見て、月乃様が首を傾げた。
「なんか怯えてるけど、やっぱりわたしたち大きいから怖いのかな?」
「まあ、この子からしたら怪獣みたいなもんだし」
「そっかー」
上空で対等な視線で話す月乃様と小鈴が勝手に結論付けてしまった。
(月乃様が可愛すぎて、なんて言えないよねぇ……)
仕方がないから勘違いさせたままにしておこう。
心の中で苦笑いをしていたら、月乃様がこちらに向き直す。
「ごめんね、ちょっと怖いかもしれないけど、我慢してね」
「あ、いえ……。だ、大丈夫です……」
「でも、とりあえず、無事みたいで良かったわ……」
小鈴が月乃様の身体にもたれかかるみたいにして肩をくっつけて、わたしの方を見てくる。同じくらいのサイズ感だからお互いに気軽に身体に触れられるのが羨ましかった。わたしは自分の意志では月乃様に触れられなさそうだというのに。
「とりあえず一般生徒用の校舎に戻してあげないと」
「そうだね。今度はちゃんと送り届けるねー」
小鈴の言葉に月乃様が頷いた。わたしは月乃様の手のひらの上に乗せられて移動してもらうのだった。月乃様の歩幅はわたしよりもずっと大きいから移動がかなり速く済みそうだ。巨大ロボットにでも乗ったらこんな気分なのだろうか、なんてことを美少女相手に思ってしまったことを少し申し訳なく思う。
「詩葉先輩もあんまりイタズラしちゃダメですよ」
「はーい」
月乃様はすこし揶揄うみたいに言ったけれど、詩葉はいつもあんなことをしているのだろうか。かなり命の危険を感じたし、あれが冗談で済ませても良いことなのかは判断がつかなかった。まあ、これで解放されるわけだし、もう会うこともないだろうから、あまり深くは考えないでおくけど。
「じゃあ、またね。チビちゃん」
ケラケラと楽しそうに笑って、わたしに向かって手を振ってきているから、やっぱり本当に彼女にとっては冗談って感じだったのだろうか。こっちからしたらシャレにならなかったというのに。
ていうか、またね、って言われてるけど、正直彼女とはもう2度と会いたくないんだけどな……。なんてことを思って、月乃様の手のひらの上でため息をつくのだった。




