詩葉先輩の遊び道具 4
「詩葉せんぱーい、いますかー?」
トントントンと外からノックをする音がした。そしてその声の主が誰かわたしは一瞬でわかった。心臓の鼓動が明らかに早くなった。巨大な意地悪ギャルが残念そうにため息をついたのとは対照的にわたしの気持ちが一気に昂ってくる。
「月乃様だ!!!」
隠れていることを忘れて大きな声を出してしまった。それも、30倍サイズの彼女たちにも聞こえてしまうような大きな声で。
「大きな声出したらだめだって!」
美姫さんが慌ててわたしの口元に手のひらを当ててきたけれど、すでに発した言葉は取り消すことはできない。わたしの声に、巨大ギャルが気づいてしまったようだ。
「やっぱりベッドの下にいたんじゃん」
ドキッとした。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい)
しっかりとバレてしまっている。今度こそ踏みつぶされてしまうかもしれない。不安な気持ちが駆け巡る。
「ど、ど、ど、ど、どうしましょう……」
けれど、不安になって取り乱しているのはわたしだけだった。美姫さんは思っていたよりずっと冷静だった。
「まあ、月乃ちゃんたちが入ってくるならあの子も何もしてこないだろうし、大丈夫かな」
さっきまさに月乃様と小鈴がいた時に巨大ギャルに連れ去られたから不安だけれど、今は美姫さんを信じるしかない。
「とりあえず、咲姫に連絡するからジッとしてて」
「は、はい……」
頷いたものの、怖すぎてもはやまともな判断なんてできそうになかった。
そもそも咲姫という彼女の妹に連絡したところで、この状況が好転する保証なんてないのに。それならいっそ月乃様に助けを求めた方が良いのでは……。なんてことを思ってしまう。
この場に入ってくる足音はやはり大きかった。巨大な女子が2人部屋に入ってくることにより、地面が揺れ続ける。辛うじて立っていられるけれど、まるで電車に揺られているみたいに不安定だった。ベッドの下からは巨大な柱みたいに聳えている6本の脚が見えていた。
「あの、詩葉先輩。小さな子見ませんでしたか?」
「小さな子って何? そんなの見なかったよ」
ケラケラと笑った巨大ギャル。
彼女たちの姿はベッドの下に隠れているからわからなかったけれど、ここに月乃様がいるのは確実だった。そして、巨大ギャルがベッドの下の存在にどうせ気づいているのだ。月乃様たちが帰ってしまったら大変なことになる。今目の前にいる月乃様に助けを求める方が絶対に良い。月乃様ならきっとわたしに気付いてくれるはず! そう思ったわたしは気づけば、ベッドの下から飛び出してしまっていた。
「ちょ、ちょっと……!」
後ろから美姫さんの声が聞こえていた。必死に静止してくれようとした美姫さんのことを振り払うみたいにして無我夢中で月乃様のところへと向かってしまった。
「ああ、もうっ……。踏みつぶされちゃうから戻ってきなさい!!!」
美姫さんの声が遠ざかってしまった。それでもわたしは月乃様の元へと向かう。真下から見る3人分の計6本の巨大な脚が、まるで塔のように聳えている。彼女たちの足元からは脚を見上げるだけでもそれなに圧がある。うっかり動いてわたしの上に乗ってしまえばそれだけで潰されてしまうのだと思うと、途端に恐ろしくなってくる。
「思ってたより怖いかも……」
しかも、3人とも全然足元の方は見ていない。月乃様に再開できそうな喜びを踏み潰されるかもしれないという恐怖心があっさり上回ってしまった。
「詩葉先輩、本当に小さな子、見てないですか?」
少しだけ踵を浮かせて背伸びをして、巨大ギャルこと詩葉に顔を近づけるようにして尋ねる3人の中で一番小柄な小鈴。その足が一歩、詩葉の方に踏み出される。それがわたしがいる場所のすぐ近くに踏み降ろされる。その瞬間、大きな音がして、地面が揺れる。一番小柄な小鈴の小さな足にすら命の危険を感じさせられてしまう。
「きゃああっ」
3人とも上空で話すのに夢中になっているせいで、悲鳴が出てしまったのに誰にも聞こえていないみたいだ。立っていられない揺れが発生して尻餅をついてしまった。
「こ、怖すぎるんだけど……」
早く月乃様に助けを求めたいのに、最短経路に小鈴の足が踏みだされてしまったせいで、足をよじ登るか、大きく周り道をするかの2択に迫られてしまった。
(こんな巨大な足が動き回るの怖すぎるし、とりあえず、小鈴でも良いから気付いてもらわないとマズいな)
仕方がないから足の親指のすぐ近くに捕まって、足をよじ登ろうとした瞬間に突如地面が動く。
「きゃあっ!?」
突然足に感触があったせいだろうか、小鈴が慌てて足を動かしてしまう。小鈴からしたらただ少し足を動かしただけなのだろうけれど、当然その上に乗っていたわたしにとっては地面が浮遊するような動きなのだから、耐えるのも難しかった。
「ぎゃあああああ」
突如空中に身体が投げ出される。今度はかなり大きな声で叫んだつもりだったけれど、そんな声ですらおしゃべりに夢中になっている3人からしたらとても小さな声だったらしい。その直後に声を発した月乃様によって、あっさりとかき消された。
「どうしたの?」
「む、虫が……」
「虫?」
「虫が足についたのかと思ったけど、……そんな大きな虫がいるわけないわよね」
月乃様も小鈴も不思議そうな声を出していたけれど、ただ一人、詩葉だけが足元の虫と疑われているわたしの正体に思い当たったらしい。
「埃とかじゃないかな」
クスッと小さな笑いの混ざった声に嗜虐的な感情が混ざっていることに、きっと巨大な2人は気付いていない。ただ一人、無意識のうちに小鈴に蹴飛ばされて床に転がっているわたしだけが理解してしまった。
「なんだ、埃か~」
「いや、そんな大きな埃があるのもおかしくない……?」
「まあ固まってたんだよ、きっと」
「でも人くらいのサイズ感だったわよ?」
不思議そうに話す2人が気付いていない隙に詩葉がハイソックスを脱いでいた。
詩葉が地面に足裏を向けたまま平行移動させるみたいにして、さっと足をこちらに近づくる。一瞬にして全身が詩葉の足の影に包まれる。
「ひっ……」
喉の奥から声が出た。上空からすごい勢いで近づいてくる足に、今度こそ踏み潰されるのだろうと覚悟した。すっかり怖くて膝が震えてしまっているわたしはその場から動けずに、上空からやってくる足裏を無力感を抱きながら見上げていた。
「動いたらほんとに踏み潰しちゃうから」
ボソッと呟いた囁くような小さな詩葉の声も、わたしにはしっかりと聞こえてしまっていた。そんなことを言われてしまい、完全に身体が固まってしまった。
ジッとしているわたしの真上にちょうど土踏まずが位置するように足が乗せられるのだった。怖くて身を伏せて、うつ伏せで横になると、本当にピッタリ、少しでも動いたら怪我をしてしまいそうな位置に微調整がされた。暗闇に身体が包まれ、本来なら臭いなんてしないはずの詩葉の、つい先ほどまでハイソックスに包まれていた足の臭いがする。サイズ差にあわせて濃くなっている臭いに襲われて気を失いそうになってしまった。
「うぅっ……」
逆に彼女はこんなしっかりと同世代の女子に足の臭いを嗅がれて気にしないのだろうかと思ったけれど、彼女はきっとわたしたち普通サイズの人間のことは同じ人間とは思っていないのだろう。きっと本当に虫みたいに思っているに違いない。虫に足の臭いを直接嗅がれても何も思わないもんね……
巨大な足裏を見上げて、ため息をついた。いつまでここにいればいいのだろうか。こんな危険な場所に……
彼女が少しでも足を動かしたら踏み潰される。今彼女に生殺与奪を握られているという事実をしっかりと感じさせられていたのだった……。




