詩葉先輩の遊び道具 3
「あ、ありがとうございます……?」
彼女が何者かわからないから、疑問系の感謝になってしまっていた。チラリと盗み見る横顔が綺麗で思わず見惚れてしまいそうになった。もちろん、巨大な意地悪ギャルに襲われているというB級パニック映画みたいな状況下でそんな呑気なことをしている場合ではないのだけれど。
「走れる?」
「は、はい」
さっき追いかけ回されたばかりだから休みたかったけれど、そんな甘えたことを言っている場合ではなさそう。とにかく誰だかわからない美人の指示に従って逃げた。彼女の判断がどのくらい正しいのかはわからないけれど、今は信用するしかない。
「たぶん、詩葉ちゃんはスマホのライトで照らしてくるから。とにかく光の当たらない見つけづらい場所に逃げようか」
「え、はい……」
巨大少女たちがスマホを持っているという情報すら初耳だったわたしと違って、彼女はなぜかとても詳しそうだった。
「あの、あなたは」
「松林美姫。咲姫の姉」
松林咲姫という人間が誰かわからない以上、わたしにとっては彼女がその人物の姉であるという情報は特に有用とは思えなかった。それより知りたいのは、彼女がどんな立場の人間なのか。巨大少女たちの仲間なのか、それとも忍び込んで情報収集でもしているのか、もしくはそれ以外の立場なのか。
「あなたはわたしの味方ですか?」
「敵とか味方とか、別にわたしは誰かと争ってるつもりはないよ。あなたたちはみんな同じ学校の女子生徒たちなんだから」
「まあ、そうですよね……」
彼女の言葉で我に返る。つい本能的に巨大な少女たちに恐怖心を抱いて、まるで怪物に襲われているみたいな反応をしてしまっているけれど、あくまでも彼女たちはわたしたちと同じ学校に通う同世代の子たちなのだ。
「じゃあ、普通に話したら巨大なギャルの子も優しくしてくれますかね」
小鈴っていう子もはじめは怖かったけれど、話してみたら案外敵意はなかったから、もしかしたらこの子も何か誤解をしてわたしに目をつけたのかもしれない。
「わたしたちの身長が彼女たちくらい大きかったら優しくしてくれると思うよ」
「それって……」
つまり、普通サイズのわたしたちにとって優しくないってこと? だとしたら、本当に巨大怪獣と何も変わらない気がするんだけど……。
不安になっても、彼女はそれ以上何も補足情報はくれなかった。上空からは巨大ギャルの不思議そうな独り言が聞こえていた。
「あれぇ、確かに定規に乗った感触あったのになあ」
そう言って、再び腕を伸ばして、定規をベッドの下に入れてくる。
「見つけたら手を煩わせてくれたぶん、もっと楽しく遊んであげるね」
ゾッとするような言葉が聞こえてくる。
「マズいね。呑気におしゃべりしてる場合じゃない。もっと全力で走ったほうがいいかも」
「え?」
「さ、早く走ろう」
美姫さんがギュッと腕を引っ張ってわたしに走るように促した。それとほとんど同時に、巨大意地悪ギャルが差し向けてきた定規が先ほどと同じように、高速で動かされた。
「ひ、ひいいいいいいい」
ビュンビュンと巨大な定規が車のワイパーみたいに左右に振られている。ぶつかってしまえばそのままベッドの外に弾き出されてしまうだろう。そして、再び巨大ギャルの視界に入った瞬間にどんな目に遭うか……。
だから、美姫さんは彼女に見つからないように必死に走るように促しているのか。彼女に従って、再び柱のように太くて丈夫なベットの脚の影にまでやってきた。最初に隠れていた場所と同じところだった。
「とりあえず、ここでやり過ごそう。さっき一度ここに定規を向けてきて何も無いと思ってるから、しばらくは安全だと思う」
わたしたちは必死に息を整えていると、今度は美姫さんの予想通り巨大ギャルはスマホのライトを点灯させて、こちらに向けてくる。
「絶対に光に当たらないようにね」
ゆったりと動くライトは、まるで逃亡者を探すためのサーチライトだった。こちらからは見えないけれど、きっとベッドの下は巨大ギャルのぱっちりとした大きな瞳がくまなく探しているのだろう。想像して、鳥肌が立った。
「こ、怖いよ……」
思わず呟いてしまったわたしのことをそっと抱き寄せてくれる。優しくて温かい身体に包み込まれてホッとする。まさか同じくらいのサイズの人間の存在のありがたみを知る経験をさせられるなんて思わなかった。
「大丈夫だよ、ここでじっとしてたら」
「あの人は怖い人なんですか?」
「根は良い子だよ、とてもね」
「意地悪な怖い人にしか見えないですよ」
「まあ、わたしたちにとってはそうかも」
さらにギュッと胸元に顔が埋まるようにして抱きしめてくる。
「今は何も見ない方が良いよ」
「はい……」
何もわからずに、ただ素直に美姫さんの身体に身を寄せていたのだった。とにかくこのままジッとしていたらそのうちどこかに行ってくれるはず。そう思ったのに、意地悪ギャルはさらに次の遊びを考えてしまう。わたし鞘野絵美莉という生身の人間を使った意地悪な遊びを……。
「ね〜、どこ行ったの? 出てこないと掃除機かけちゃうよ〜」
楽しそうに笑いながら、ベッドの下の隙間にハンディ掃除機の円形の口をしたノズルを突っ込んでくるから、思わず喉の奥からヒッ、と声が出てしまった。彼女たちのサイズの巨大な掃除機なんてかけられたら、わたしたちは簡単に吸い込まれてしまう。スイッチが入った瞬間、ノズルの暴風に抗えず、そのままゴミと一緒に牢獄に閉じ込められてしまう。
「た、助けて……」
無意識のうちに美姫さんの身体に抱き着く力を強くしてしまう。
「大丈夫、ほんとにはかけないからじっとしてて。あの子は超えちゃいけないラインは超えてこない子だから」
美姫さんもさらにギュッとわたしを抱きしめてきた。わたしたちは完全に身体をくっつけた。
「後で咲姫に電話して助けに来てもらうから、それまでここでジッとしておこう」
その温かさがなんとかわたしの気持ちを落ち着かせてくれた。そして、耐えているうちにようやく事態は好転してくれるのだった。




