第二話 少女を連れ去ったのは、警察ではなかった
全15話。15日連続で投稿予定です。よろしくお願いします。
翌朝。
朝食を取りながらニュースを見ていた水輝の手が止まった。
画面に映っていたのは、昨夜のタクシーだった。
午前一時ごろ、大型トラックと衝突。運転手と後部座席の乗客が死亡。
担架で運ばれる運転手の首元には、見覚えのある赤いマフラーがあった。
もし、あの少女を置いて乗っていたら。
水輝は箸を置いた。
少女に予知能力があるのかもしれないという思いが一瞬脳裏をかすめた。
『いや、そんな非科学的な話があるはずはない。だとしたら単なる偶然なのだろうか』
この不思議な体験の謎が気になった。
仕事を終えると、スカーフを返す口実で、もう一度鳴門川に向かう。
昨晩の川岸に少女の姿はなかった。仕方なく、夕暮れの川沿いを上流へ歩いてみることにした。
すると、焦げ臭い匂いが鼻を刺した。
河岸に、真っ黒に焼けた乗用車が落ちていた。窓ガラスは砕け、車体は炎に舐められたように歪んでいる。
灰の中を、誰かが素手で探っていた。
よく見ると、なんと、昨夜の少女だった。
昨晩、何も言わずに消えた理由を訊きたいと思い、駆け寄って背後から声をかける。
「あのう……?」
少女は驚いた様子で、肩を跳ねさせ、振り返った。
「ど、どうしてここに?」
少女の驚いた顔を見た途端、訊きたかったことが、訊けなくなった。
水輝は、背中のバッグを降ろし、スカーフを差し出した。
「ストーカーとかじゃないです。これを返そうと思って。もしかしたら、また、この川にいるかもしれないと思いました」
少女は興味がない様子で、スカーフを受け取らず、焼けた車を見つめている。
水輝も、その視線を追った。
「あの、もしかしてこの事故に……なにか関係があるんですか?」
少女は答えなかった。焼け焦げた車を見つめたまま、しばらく沈黙したあと、バッ
グから一本の水を取り出す。
「昨日のお返しです。少し癖がありますけど」
水オタクの水輝が、初めて見る水だった。
水輝はテンションが上がって、キャップを開けて一口飲んだ。
舌に、わずかな塩味と独特のまろやかさが残る。今まで飲んだことがない味だった。水輝の中に衝撃が走る。
「こ、これ、どこの水ですか?すごい味ですね」
少女は答えなかった。
水輝はようやく、自分が場違いな質問をしたことに気づいた。
「すみません。水のことになると止まらなくて。僕の質問は忘れてください。何かお役に立てることがあったらやりますので、差し支えない範囲で事情を聞かせてください」
しばらく沈黙が続いた後、少女は、焼けた車を見つめながら、ゆっくりと話し始めた。
昨夜、両親とレストランで食事をした。二人ともワインを飲んだため、帰りは自動運転に任せた。
ところが走行中、突然、制御を失い暴走した。
なすすべもなく、車はガードレールを突き破り、そのまま川へ転落した。
少女だけが車外へ投げ出され、気を失ったらしく、気がついたら、両親は炎上した車内で亡くなっていたとのことだった。
「一人になってしまったので、とりあえず家に帰ろうと思って、駅まで行って……でも、父から預かっていた大切なケースを車に置いたままだと気づいて、お付き合いいただき、川へ戻ったんです」
タクシーに乗らなかった理由がわかった。
事故を予知していたわけではなかった。
事故直後で、単に車に乗ること自体が怖かっただけなのだ。
それでも、その偶然のおかげで自分は事故に巻き込まれずに済んだ。水輝は、これも何かの縁なのかもしれないと思った。
「ケースは見つかったんですか?」
少女は首を振った。
「父が、何があっても失くすなと言っていたんです」
「自動運転のログが残っているかもしれません。実は僕はAIエンジニアです。データがあれば事故の原因を調べられます」
少女は無言でうなずく。
車載端末の奥には、耐熱ケースに収められたメモリーカードが残っていた。水輝はそれを慎重に抜き出し、バッグからPCを取り出して読み込ませた。
「警察には?」
少女は首を横に振った。
「僕が連絡しますね」
少女は小さくうなずく。
三十分後、遠くからサイレンが聞こえた。
制服姿の警察官が四人到着した。屈強な男たちに囲まれ、少女は恐怖を感じたのか、水輝の背後に隠れるように後ずさる。
「僕も警察署まで一緒に行きます。大丈夫です」
水輝は少女を友人だと説明し、記録媒体を警察官へ渡した。
パトカーの中で、彼女が野際雫、十八歳であることを知った。
スカーフを返却するために、連絡先を交換した。
警察署へ着くと、玄関前に黒いスーツの男たちが待っていた。
警察官とは明らかに雰囲気が違う。
「野際雫さんは私が対応します」
「どちらの方ですか?」
「詳細はお答えできません」
警察官が男に雫を引き渡すと、黒い車へ乗せられた。
水輝も乗ろうとしたが、SPのようなスーツの男に腕を遮られた。
「関係者以外は同行できません」
雫は車内から振り返り、不安そうに水輝を見ていた。
まるで要人でも護衛するかのように、車列は複数のパトカーに先導され、サイレンを鳴らして走り去った。
残された水輝に、警察官が小声で教えた。
「あの人たちは警察じゃない。内閣官房国家情報局だ」
『焼けた車の中をわざわざ探すぐらい大切なケースには一体何が入っているのか。なぜ、ただの民間人の交通事故に、国が絡むのだろうか。彼女は一体何者だろうか』
一人になると、水輝の中にある、疑問が、むくむくと増殖していった。




