↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/62

第二十五話 金色の広間と視線②

 目的地が近づくにつれ、私の鼓動は早鐘を打ち始め、無意識のうちに暁臣様の手を強く、強く握り返してしまう。

 すると暁臣様は、咎めるでもなく、ほんの少しだけ指に力を返してくださった。

 ——大丈夫だ、と言うみたいに。


「……千鶴も登城しているはずだが、控室も広間までの動線も、決して接触せぬよう手配は済ませてある」

「千鶴様……」

「信子殿も安心してほしい。万全を期している」

「はい。多大なるご配慮、心より感謝申し上げます」


 千鶴様……。

 その名を聞いた瞬間、胸の奥がズキリと疼いた。

 彼女は心から暁臣様をお慕いしていたはずだ。

 そして暁臣様にとっても、かつては大切な親戚の一人だったに違いない。

 それを私の存在が壊してしまったのではないかと言う罪悪感が、新年の冷たい風のように心を吹き抜ける。


 けれど同時に、暁臣様が『接触しない』ように動いてくださっている事実が、胸を締め付けた。

 私を守るために、誰かを遠ざけている。

 その重さを、意味を、私はきちんと受け止められるのだろうか。


 周囲に満ちる大勢の人々のざわめきと、香水の入り混じった高貴な香りに気圧されながら、暁臣様に導かれて控室へ向かう。

 視線が、刺さる。——見られている、比べられている、値踏みされている。

 そう思うほど、背中が冷えていった。


「……ここから先は、控室が別々になる。……大丈夫か?」

「え……」

「中には母上と姉上がおられる。信子殿、すみれを頼む」

「はい。お任せくださいませ、殿下」


 暁臣様の背中が遠ざかっていくにつれ、足元からじわじわと暗い気持ちが這い上がってくる。

 いけない、しっかりしなくては……。

 これから先、こうした場面は幾度となく訪れるのだから。

 私は自分に言い聞かせるように、精一杯背筋を伸ばした。


 重い扉が開かれると、そこにはすでに暁臣様のお母様とお姉様のお姿があった。


 一瞬だけ膝が笑い、中に入るのを躊躇ってしまう。

 けれど、本番はこれからなのだ。ここで退いては、暁臣様の顔を泥で塗ることになる。


「……本日は、よろしくお願いいたします」


 掠れるような声を押さえ込み、ゆっくりと、藤波様に教わった通りの角度でお二人に頭を下げた。

 視界の端で、袖の松と梅が静かに揺れる。

 自分の呼吸の音さえ、大きく感じた。


「その着物、とてもよく似合っていますよ」

「柄も色も、元旦にぴったりね」


 婚約のご挨拶の時以来、久々の再会だったけれど、お二人の眼差しは記憶にあるよりもずっと柔らかかった。

 勝手に緊張して、お二人に嫌われてしまったのではないかと勘ぐっていたけれど……それは私の独りよがりだったのかもしれない。


 少しだけ強張っていた心が、その温かな言葉にほどけていく。

 ほどけた隙間から、——『よく似合っている』と、今朝の暁臣様の声が蘇った。

 小さく息を吸い、もう一度だけ、胸の奥で自分に言い聞かせる。

 今日は、逃げない。暁臣様の隣に立つのだ、と。


 信子さんに促され、お二人の傍らで静かに呼ばれるのを待つ。


 やがて、広間へ移動するよう係の者が告げた。

 流されるまま、重厚な廊下を歩き始める。

 足音さえ吸い込まれていくような、異様な静けさだった。


 前を行く高貴な方々の背中を見つめながら、私はふと我に返る。


 これから、この国で最も高貴な方にお目にかかる……。

 お会いするのは二度目になるけれど……。

『無華』と呼ばれ、何の価値もないと捨てられた私が——どうして、こんな場所に立っているのだろう。


 辿り着いた広間は、私の想像を絶する広さだった。

 床は鏡のように磨き上げられ、壁も天井も、歴史の重みを感じさせる金色の装飾で眩いばかりに煌めいている。

 数えきれないほどの視線が、針のように肌を刺す。

 息を吸うだけで、胸がきゅっと縮んだ。


 視界が狭まり、次の一歩が出ない。

 少しずつ、お母様やお姉様との距離が開いていってしまう。


 けれど——視界の端に、暁臣様の軍服の背中を見つけた瞬間。

 磁石に吸い寄せられるように足が動き出した。

 彼の隣に並び、一瞬だけ目が合う。

 その刹那、ようやく肺に空気が入った気がした。


 ——大丈夫、と無言で言われたみたいに。


「五条暁臣殿下」


 朗々と名が呼ばれ、暁臣様が一歩前へ進み出る。

 私はその半歩後ろに、影のようにぴたりと付き従う。

 背筋を伸ばし、息を整え、教わった通りに。


「新年、謹んで寿ぎを申し上げます」


 暁臣様の深々とした一礼に合わせ、私も丁寧に頭を下げる。

 不思議なことに、思ったほど不躾な視線は感じない。

 今日の主役は私ではない。あの方をお祝いする場なのだから。

 そう自分に言い聞かせ、ほんの少しだけ呼吸を取り戻した。


 けれど——頭を上げ、正面を見据えた時。

 ほんの一瞬、玉座の近くに立つお方と目が合った気がした。

 けれど、その視線は、私の困惑を見透かしたかのように、すぐにふいと逸らされる。


 ここに立たれていると言うことは、きっと雲の上の方に違いない。

 やはり、この『無華』の瞳が珍しくて、奇異に映ったのだろうか……。

 喉の奥が、ひりりと痛む。


 退場の合図を受け、振り向く暁臣様に従ってその場を下がる。

 背を向け、静かに歩み始めたその瞬間。

 またしても背中に、誰かの強い視線がこびりつくような予感がした。

 ぞくりと背筋に寒気が走り、私は思わず袖の中で指を握り締めた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらの作品もよろしくお願いします
▶ 無華の花嫁
〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜
和風恋愛/大正ロマン/シンデレラストーリー/華族/無華の少女/黒薔薇の殿下/溺愛/異能
本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。