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【完結】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


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第二十五話 金色の広間と視線①

『新年の祝賀会用でございますから、少し格を上げたお誂えになります』


 花菱屋の主人がおっしゃっていた言葉が蘇る。

 美しいものは、ただ美しいだけではない。

 そこには、相応しい者に纏われるための『格』があるのだ、と——そう告げられた気がした。


 けれど、私のような者が袖を通すことで、この着物の格を落としてしまわないか。

 そんな思考が頭をかすめる。胸が、きゅっと縮む。

 ……でも、今の私には立ち止まることは許されない。今日を乗り越えなければ、明日も来ない。


 反物の状態でも息を呑むほど美しかったが、仕立て上がったそれはさらに見事だった。

 白に近い生成り色の地に、縁起のよい松や梅の絵柄が、流れるような曲線を描いて咲き誇っている。

 帯や小物が女中さんの熟練した手で、一つ、また一つと結ばれていくたび、私は『祝賀会へ行く私』に近づいていく。

 徐々に明るくなっていく日の光を吸い込み、真珠のような光沢を放つ絹の布地が、鏡の中で淡く揺れた。


 細密な装飾が施された帯締め。

 祝賀会の作法や注意点の説明を受けながら、髪は高く結い上げられ、華やかな髪飾りが添えられる。

 一つ一つが、私の居場所を『ここ』に縫い留める針みたいだった。


 そして最後の仕上げとして——暁臣様が以前、買ってくださったあの真珠のアクセサリーを身に纏う。

 指先で触れると、ひんやりしていて、それが妙に心強かった。

 あの日、私に差し出された『これから』が、形になってここにある。


「お綺麗です、すみれ様」

「本当に。とてもお似合いです」


 女中さんと信子さんの惜しみない称賛に、頬が林檎のように熱くなるのが自分でも分かった。


 振袖に袖を通すのは、これで三度目になるだろうか。

 贅を尽くし、丹念に装い整えられた自分。……それでも、どこか現実味が薄い。


 けれど何度鏡を覗き込んでも、右目だけ色が違う『無華』の瞳だけが、美しさの中に混じった異物のように映ってしまう。

 視線を逸らしたくなる。隠したくなる。——それが、私だ。


 ……それでも。

 園遊会の時よりは、ほんの少しだけ、鏡の中の自分を『これが私なのだ』と正面から受け止められた気がした。


 私が選び、私のために仕立てられた着物。

 この姿を初めて目にする暁臣様は、一体何を思い、どんな言葉をかけてくださるのだろう。

 怖いような、けれど一刻も早く見てほしいような——。

 不思議な昂揚感と期待を胸の奥に抱えたまま、私は玄関へと歩き出した。


 玄関ホールに辿り着くと、そこには正装の制服に身を包み、白い手袋を整えている暁臣様の姿があった。

 胸元の装飾や肩章が朝日に反射して、眩いばかりの輝きを放っている。

 背筋の一本まで迷いがなく、その立ち姿はまるで名画から抜け出してきたかのよう。

 こんなにも高潔で美しい方の隣に、私が立つなど……本当に許されるのだろうか。


 階段を降りる私の気配に気づき、暁臣様が顔を上げた。

 いつもは涼やかな切れ長の瞳が、一瞬、驚愕に大きく見開かれる。

 息を呑む音が、静かなホールに小さく落ちた気がした。


「……驚いたな。どこの国の令嬢が迷い込んできたのかと思った」

「……っ、そんな……。からかわないでください」

「冗談ではない」


 暁臣様は一歩こちらへ近づき、視線で私を確かめるように、ゆっくりと見上げてくる。

 その眼差しが、あまりに真剣で——心臓が跳ねた。


「あまりの美しさに、今日一日、誰の目にも触れさせたくなくなってしまった」


 あれほど藤波様に厳しく指導されたのに、耳元で囁かれる甘い言葉に、思わず顔を伏せてしまう。

 駄目だ。ここで赤くなっている場合ではないのに……熱が頬へ集まっていくのがわかる。


「……いこうか、すみれ」


 差し伸べられた暁臣様の手を、恐る恐る取る。

 手袋越しでも、掌の大きさと確かさが伝わってきて、指先の震えが少しだけ落ち着いた。


 扉が開かれた瞬間、冬の澄み渡った朝の光が眩しく飛び込んでくる。

 冷たくも清らかな空気が、新しい年——そして新しい私たちの幕開けを告げているようだった。

 そんな、美しくも静かな朝だった。


 澄み渡った冬の空気の中を、黒塗りの車が滑るように走る。

 私の緊張を解きほぐすように、暁臣様はずっと大きな手で私の手を包み込んでくれていた。

 指を絡めるでもなく、ただ覆うだけの優しさ。

 けれど、それだけで私は——いま自分がどこにいるのかを忘れずにいられる。

 繋がれた手の温もりだけが、私を現実の世界へ繋ぎ止めていた。


 車窓の向こうには、まだ人影の少ない道を歩く姿がちらほらと通り過ぎていく。

 やがて、威厳を放つ巨大な石造りの正門の前で、車は静かに停まった。


 ここへ足を踏み入れるのは、今日で三度目になる。

 緊張で暁臣様の腕に捕まることしかできなかった園遊会。

 そして暁臣様が、私の婚約についてお話しするために陛下に呼ばれたあの日。


 きっとこの国で一番厚く、立派な門が、重い音を立てて開かれる。

 数台の高級車と共に、吸い込まれるように敷地内へ進んでいくたび、胸の奥がきゅっと縮んだ。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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