第二十四話 二度目の年越し②
まだ日が昇りきる前。
しんと静まり返った真冬の夜気に、廊下を渡るせわしない足音や、邸の者たちが慌ただしく動く気配が溶け込んで、自然と目を覚ました。
窓に目をやると、外の世界はまだ深い群青色の闇に沈んでいる。
ゆっくり身体を起こし、冷えた空気に晒されないよう厚手の羽織物を肩まで引き上げる。
良かった……。
これほど大きな行事を前にして、一睡もできなかったらどうしようと案じていた。
けれど思ったより深く眠れた、その事実に安堵の吐息が漏れる。
とはいえ、このまま起き上がって動き出していいのか判断がつかない。
羽織の襟元をぎゅっと握り締め、しばらく立ち尽くした。
コン、コン、コン——。
「すみれお嬢様。お目覚めでしょうか。入ってもよろしいですか」
「は、はいっ!どうぞ!」
聞き慣れた柔らかな声とノックに、慌てて返事をする。すぐに扉が開いた。
「信子さんっ!」
「明けましておめでとうございます、すみれお嬢様。よくお休みになれましたか?」
「あ、明けましておめでとうございます。あの……でも、どうして……信子さんが?」
「殿下から、今日はお嬢様のお手伝いをするようにと、頼まれたんですよ」
こんな重要な日にまで、私のために信子さんを呼んでくださるなんて。
暁臣様のどこまでも深い配慮に、さきほどまで心細さで沈みかけていた心が、ふわりと浮き上がる。
「ありがとうございます……。信子さんがいてくださるなら、心強いです」
「いいえ。さあ、まずは朝ご飯をいただきましょうね」
「あ、あの、暁臣様は……」
「え?」
問いかけると、信子さんは少しだけ意外そうに目を丸くした。
……あれ。
いつも、こうして私が朝食を摂る時は暁臣様が一緒だった。
今朝も当然そうなのだと、どこかで決めつけていたのかもしれない。
「いつも……二人で一緒に、食べていたものですから……」
「まあ、左様でしたのね。でしたら、すぐにお呼びしてきますね」
信子さんの含みのある微笑みに、ふと疑問が湧く。
このお邸に来てから、一緒に食事を摂ることは私にとって日常の風景だった。けれど——
宮家のような尊いお方が、婚約者であるだけの私と、毎朝当たり前のように同じ卓を囲む。
それは、普通ではないことなのだろうか……?
胸の奥が、じわりと熱くなる。嬉しいのに、怖い。
そんな感情が同居して、上手く息ができない。
「すみれ。……明けましておめでとう。よく眠れたか?」
「明けましておめでとうございます。暁臣様」
「信子殿も、朝早くからすまない」
暁臣様が部屋に現れると、張り詰めていた空気が一瞬で整う。
その直後、テーブルには小ぶりなおにぎりと、彩り豊かなおばんざいが何品も並べられた。
湯気の立つ味噌汁の香りが、眠りの名残をさらっていく。
「信子殿は、朝食は済ませたか?」
「ええ、済ませてきておりますわ。私のことはどうぞお気になさらず、お召し上がりください」
暁臣様の隣に座り、信子さんの優しい見守りを背に感じながら箸を進める。
なんだか……信子さんの眼差しが優しすぎて、見透かされているような気恥ずかしさが込み上げてくる。
暁臣様が私に向ける視線も、いつもより少しだけ柔らかい気がして、余計に落ち着かない。
いつもは大好きな、梅干しの入ったおにぎり。
けれど今朝ばかりは緊張のせいか、その酸っぱさをあまり感じなかった。
朝食を済ませると、部屋の空気は俄かに慌ただしさを増す。
先日、初めて自分の意思で選ばせてもらった振袖と、それに合わせる小物が、女中さんたちの手で恭しく運び込まれてくる。
肌襦袢、長襦袢……。薄い絹の層が一枚、また一枚と重なるたび、背筋が自然と伸びた。
呼吸まで、慎重になる。
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