第二十四話 二度目の年越し①
夜が深く更けるころ。
静まり返った街の遠くから、重厚な除夜の鐘が、遠くから響いてくる。
明日に控えた祝賀会へ向け、邸内にはどこか浮足立つ気配と、心地よい緊張が混ざり合って漂っていた。
ほんの一年前——。
私は暁臣様に救われ、このお邸へ連れてこられた。
あの日から、もう一年。
激動の日々を振り返れば、信じられないほど遠い昔のようでもあり、つい昨日のことのようでもある。
正直に言えば、保護されたばかりの頃の記憶は、寝込むことが多かったせいか、朧気な部分が多い。
けれど意識の断片に刻まれているものは、どれも私の心を柔らかくする。
凍えた身体に染み渡ったお粥。
目が覚めるような甘酸っぱい梅干し。
私の虚弱な体調を慮って、年越し蕎麦の代わりに暁臣様が用意してくださった、柔らかなおうどん。
初めて口にした、あんこ時なこのお餅の甘み。
まるでお伽話の宝箱のようだった、色とりどりのお節料理。
「……食べ物のことばかり思い出してる」
「ん?どうした」
「あ……いえ!なんでも……なんでもありません……っ」
自分の食い意地が張っているみたいで、急に恥ずかしくなって俯く。
けれど、その記憶の向こう側には——いつだって暁臣様のお姿があった。
目の前に置かれた、湯気の立つ温かな器。
たっぷりのねぎに、薄く色づいた桃色の肉。
芳醇なお出汁の匂いに混じって、柚子の清涼な香りが、鼻先をくすぐる。
「今年は一緒に蕎麦を食べられそうだな」
「はい……とっても、美味しそうです」
「料理長に頼んで、上質な鴨を入れてもらった」
「鴨……」
空を飛んでいる、あの鴨だろうか。
あの鴨を食べることができるなんて……。
恐る恐る、箸を伸ばした。
「今夜は、ちゃんと眠れそうか?」
「……はい。がんばって、寝るようにします……」
「睡眠は努力するものではない。がんばらなくていい。ただ、身体を休めなさい」
「はい……そう、ですね」
明日の祝賀会のことを思うと、逃げ出したくなるほど身体が強張ってくる。
けれど、初めて口にする鴨の肉は、鶏肉よりも力強い歯ごたえと、噛むほどに溢れる深い旨味があった。
温かな蕎麦が胃の腑に落ちるたび、凝り固まっていた緊張が、少しだけほどけていく。
——ここは、私が怯える場所じゃない。
暁臣様が、そう言ってくれているみたいだった。
「本当なら明日は、すみれと二人で、ゆっくり初詣にでも行きたいのだがな」
「初詣……ですか?」
「ああ。新しい年の無病息災を祈るんだ。大きな神社なら、境内に賑やかな屋台もたくさん出ている」
「屋台……!あの、お祭りのようなものでしょうか」
「そうだ。焼き団子だの、甘酒だの……子どもが喜ぶものも多い」
「……甘酒……」
次から次へと、どこかで耳にしたことがあるだけの、実際には見たこともない魅力的な単語が飛び出してくる。
どれも、私の知らない、眩しいほどに輝く世界の話だ。
そして、その世界へ——暁臣様は私の手を引いて連れて行こうとしてくれている。
暁臣様と過ごす、今年最後の一日。
蔵の中で寒さに凍えていた一年前の私には、こんなにも彩り豊かな生活が待っているなんて、想像することさえ許されなかった。
食後、自室のベッドに入り、遠くから響き続ける鐘の音に耳を澄ませる。
来年は、一体どんな年になるのだろう。
見たことも聞いたこともない景色。
まだ名前も知らない心の機微——。
そのすべてを、これからも暁臣様の隣で見つけていけるのだろうか。
余韻のように残る鐘の音を子守唄に、私は新しい年への微かな期待を胸に抱いて、ゆっくりと瞼を閉じた。
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