第二十三話 誕生日のケーキ②
邸に帰宅した瞬間から、すみれの様子が明らかにおかしい。
嘘を吐くことも、隠し事をすることもできない——あまりに無垢な気性の彼女だ。
時折、何かを決心したように瞳をきゅっと閉じたかと思えば、次の瞬間には泳ぐような視線で室内をそわそわと見回す。
その挙動不審な姿は、隠した木の実の場所を忘れたリスのようで、見ていて飽きることがない。
「あ、あの!暁臣様、その……今は、甘いものなどは食べたくありませんか?」
「いや、特に。……何か食べたいのか?」
「え……あ、い、いえ!そういうわけではございません……っ」
甘味を食べたくて落ち着かないのかと思ったが、どうやら違うらしい。
すみれの煌めく虹彩色の瞳が、困惑と焦りで揺れる。
そのたびに、息を呑むほど美しいと思ってしまう自分がいる。
「遠慮する必要はない。和菓子がいいか?確か貰い物の洋菓子もいくつかあった。用意させよう」
「あぁぁ……違うんです。そうじゃないんです……」
困り果てて顔を伏せるのも、すみれらしい。
だが俺が椅子から立ち上がろうとした途端、焦った彼女に縋られるような力で腕を掴まれた。細い指が、必死にしがみついてくる。
「あ、あの……」
「ん?」
「……暁臣様。お誕生日……おめでとうございます」
誕生日?
あまりに予想だにしない言葉がすみれの口から飛び出し、柄にもなく虚を突かれてしまった。
「……俺の誕生日を、知っていたのか?」
「はい。それで……あの、ケーキを用意してあるんです。……ご一緒に、食べていただけませんか?今から持ってきても、よろしいでしょうか」
「そうか。……ああ、共に頂こうか」
許可を出した瞬間、先ほどまでの怯えるような表情が一変した。
ぱっと大輪の花が開いたような笑顔。
嬉しさを隠しきれないといった様子で、ぱたぱたと軽い足取りで部屋を飛び出していく。
——自分の意志で、俺を祝いたいと願った。
内緒で、ケーキまで用意した。
少しずつ『やりたいこと』を見つけ、自分なりの意志を持って行動できるようになった。
その成長が、何よりも胸を満たす。
「お待たせいたしました!」
やがて、からからと小気味よい音を立ててティーワゴンを押し、溢れんばかりの笑みを浮かべたすみれが戻ってきた。
「お紅茶も、私が淹れてもよろしいでしょうか?」
「頼めるか」
「はい。藤波様に、正しい淹れ方を教わったんです。精一杯、頑張りますね」
カチャリ、と茶器が触れ合う音が静かに響く。
ティーポットを扱うすみれの細く白い指先。
まだ拙さは残っているが、一つ一つの動作を確かめるような丁寧さに、自然と目が奪われた。
ほどなくして、芳醇な紅茶の香りがふわりと立ち、部屋の空気を甘く染め上げていく。
この香りに混じる、彼女の気配。——それだけで、心が緩む。
「暁臣様は……お砂糖は、入れませんでしたよね?」
「ああ。ストレートで頼む」
連れて行った喫茶店で俺がストレートで飲んでいたことを、彼女は覚えていたのか。
すみれは周囲をよく観察し、受けた恩義や小さな記憶を、胸の奥底に大事にしまい込む。
最初から彼女に相応しい学ぶ場と、知識を身につける術さえ与えられていたなら——
今頃は、この国で最も聡明な女性の一人になっていたはずだ。
そんな確信めいた思考を巡らせていると、ふいに、すみれの動きが止まった。
「……あの。私、包丁を扱ったことがなくて……。ケーキは真ん中から切り分けるので、合っていますでしょうか?」
戸惑いながらナイフを持つ彼女の手元を見つめ、胸に微かな痛みが走る。
すみれを保護した際、朝霞家の実態は徹底的に調査させた。
凄惨な虐げられ方をし、様々な家事を押し付けられていたと報告を受けていたが——。
炊事だけは、経験がなかったのか。
恐らくあの家のことだ。
保護した時の栄養失調の状態を思えば、必要最低限の食事しか与えず、飢えさせるために食材に触れさせなかった——そんなくだらない理屈だろう。
「そうなんだな。……少し、手伝おうか」
「……お願いします。壊してしまいそうで……」
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




