第二十一話 妹と、奪われた異能②
私は奪ってなんていない。
そんな恐ろしいこと、考えたこともない。
必死に否定したいのに、喉の奥で言葉が絡まって声にならない。
『違う』の一言が、どうしてこんなに遠いのだろう。
『あれ以降、『赤薔薇』の発火は完全に消えたそうだ』
以前、暁臣様が淡々と仰っていた言葉が、呪いのように蘇る。
確かに——百合の力は消えたと言っていた。
『すみれが、母親の『異能』を……無効化したのではないかと考える』
そして暁臣様は『無効化』とも言っていた。
けれど……本当は奪っていたの?
『無効にした』だけではなく、『奪った』のだとしたら——。
『無華』であることをずっと嘆いていたけれど、誰かの異能を奪ってまで『華』を得たいなど、望んでもいない。
それなのに、現実として百合の力は失われている。
『赤薔薇』を持ち、鮮やかな発火の『異能』を誇っていた百合。
もし、その力が本当に完全に無くなってしまったのだとしたら。
生まれながらに何も持たない『無華』である私なんかよりも、今の彼女は——。
「……っ人の『華』まで奪うなんて!!返しなさいよっ!それがないと、私はっ——」
その先の言葉は、激しい感情の昂ぶりに掻き消され、聞き取れなかった。
けれど、言葉の『続き』がなんであるかだけは、嫌と言うほど伝わってくる。
ただ、私の中で——大切に守ってきた何かが静かに、けれど決定的に崩れ去る音がした。
せっかく手にした『世界』が、また指の隙間からこぼれ落ちていくような音が。
「失礼。すみれ様の妹君——朝霞百合様とお見受けします。園遊会で一度お会いしましたね」
榊原様が、氷の刃のように静かな声で割って入った。
けれど、その声音さえ、私は水底から聞いているみたいに遠い。
目の前で起きていることが現実であり、当事者であるはずなのに、身体だけが置き去りになっている。
「殿下より、接近禁止令に近い通達が出ているはずです。これ以上、すみれ様を惑わす発言はお控えください。——失礼いたします」
「っ、待ちなさいよ!逃げる気!?この『無華』のくせにっ!!——!!」
背後から飛んでくる罵声が、秋の空気を裂いた。
……本当に、私が……奪ってしまったのだろうか。
自覚がなかったとしても。方法など知らなかったとしても。
結果として誰かの『特別』を壊し、奪い、今の私の幸福を積み上げているのだとしたら——。
——返し方なんて、知らないのに。
腕の中の包みを、抱き締める指先が、止まらない恐怖に支配される。
指先が痛いほど力が入るのに、震えだけが止まらない。
秋の街は、何事もなかったかのように変わらず美しく、光に満ちている。
紅葉は宝石みたいにきらめき、人々は笑い、紙袋を揺らして歩いていく。
その鮮やかな世界の中で、私だけが足元の地面がぐらりと傾いたようで——立っているのかさえ分からなくなった。
「すみれお嬢様。……大丈夫ですか?顔色が、優れません」
「……はい。……だい、じょうぶです」
信子さんがそっと寄り添い、支えるようにしてくれる。
その温度に縋りつきながら、私はやっとの思いで車に乗り込んだ。
ドアが閉まった瞬間。
外の音が遮られ、胸の奥のざわめきだけが増幅する。
私は堪えきれず目を固く閉じ、着物の袖で口元を強く抑えた。
喉の奥まで冷えたみたいに息が浅い。
膝から下は、もう自分の脚ではないみたいに力が入らず、指先は氷のように冷たかった。
この震えは、『華』を奪ってしまったことへの恐れなのか。
それとも、百合に『お姉さま』と呼ばれた瞬間に引き戻された、あの蔵の記憶なのか——。
榊原様と信子さんが、あの場で毅然と立ってくださらなかったら……。
私はきっと、百合の憎悪に満ちた言葉に射すくめられ、そこから一歩も動けなくなっていたに違いない。
車内には、私の動揺を映したような重苦しい沈黙が漂った。
迷惑をかけた。嫌な思いをさせた。
分かっているのに、謝る言葉さえすぐには出てこない。
どうすればよかったのだろう。
どうすれば、あんなにも深く誰かを——妹を、傷つけずに済んだのだろうか。
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