第二十一話 妹と、奪われた異能①
「すみれお嬢様。巾着はよろしかったんですか?よいものがたくさんありましたのに」
「はい。……どれも可愛すぎて、今の私にはまだ選べなくて」
百貨店を出ると、ひんやりとした空気が頬に触れた。
建物の中の、春のような暖かさに慣れていた身体が、不意の寒さに思わず小さく身を竦める。
吐息が白くなるほどではない。けれど、秋の終わりは確実に近づいていた。
街路樹の葉はすっかり深みを増して色づき、赤や橙のグラデーションが、傾きかけた午後の光を受けて静かに輝いている。
行き交う人々の足取りはどこか浮き立って軽く、色とりどりの紙袋を抱えた姿や、楽しげな笑い声があちこちに散りばめられていた。
——街は、こんなにも賑やかで、色彩に溢れていたのか。
蔵にいた頃は、季節が鮮やかに移ろうことも、街が装いを変えることも、すべては格子窓の向こう側の、遠いおとぎ話でしかなかった。
あの頃の私にとって、世界は『見えるのに触れられないもの』だった。
けれど今は、私は確かにここに立っている。
風の冷たさも、光の眩しさも、誰かの笑い声も——私に届く。
……この幸せを、ちゃんとあのお邸まで持ち帰れるかしら。
帰っても、また奪われたりしないかしら。
そんな根拠のない不安が、胸の底で小さく蠢く。
そんな漠然とした心配を打ち消すように、榊原様と共に駐車場の方へ歩き出した。
百貨店の裏手に回ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように人通りは落ち着き、遠くの車の往来と、舗道を踏み締める自分たちの足音だけが鼓膜に残った。
包みを抱える腕に、自然と力が入る。
落としたくない。——壊したくない。
「……お姉さま?」
低く、けれど鋭く、はっきりとした声が背後から突き刺さった。
一瞬、空耳だと思いたかった。
けれど、私をそんな風に冷ややかな響きで呼ぶ人間は、この世で一人しかいない。
膝から下が、氷に浸されたように動かなくなる。
息が止まり、心臓だけが乱暴に跳ねた。
ゆっくりと振り返った先に立っていたのは、見慣れたはずの——けれど久しく会っていない、今は異質なほど遠く感じる姿だった。
「……百合」
きちんと整えられた身なり。
一点の曇りもない、自信に満ちた立ち姿。
私よりも少しだけ高い位置から、まっすぐにこちらを見下ろすその瞳には、隠しきれない棘が宿っている。
以前の百合のままなのに、私の方が変わってしまったのだと痛いほど分かった。
「……こんな所で、何をしてるのよ」
「百合こそ……どうして、ここに……」
榊原様が私を庇うように一歩前へ出た。
信子さんも私の隣で警戒するように身構える。
その気配が心強いはずなのに、身体の芯は冷えたままだ。
百合は二人を一瞥しただけで興味を失ったように鼻で笑い、再び私へ憎悪の混じった視線を戻した。
その視線が、次に射抜いたのは——私の腕の中に抱えられた『贈り物』だった。
「百貨店でお買い物、よね。……随分、いい身分じゃない。こちらは、病院通いを強いられていると言うのに」
胸が締めつけられるように苦しくなる。
先ほどまで嬉しかった包みの感触が、急に重く、鉛のように感じられた。
言い訳を探そうにも、喉が癒着したように言葉が出てこない。
私が答えを探して立ち尽くしている間に、百合は容赦なく一歩、距離を詰めてくる。
近づくほど、棘が鮮明になる。
「病院……?」
「……しらばっくれて!『無華』の分際のくせに、わたくしの『赤薔薇』の『異能』を奪い取ったくせに!!」
「……え?」
その言葉が、冷たい空気よりも鋭く胸に突き刺さった。
あんなに賑やかだった街の音が、一瞬で遠ざかったような錯覚に陥る。
世界が、静まり返る。
「……奪った……?私が?」
「よほど人の『華』が羨ましかったのね。本当に卑しいったらないわ」
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