↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~【Web版】  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/62

第二十話 初めてのプレゼント②

 最初に目に入ったのは、舶来の文房具が整然と並ぶ一角だった。

 磨き上げられたガラス越しに、万年筆や琥珀色のインク壺が宝石のように並んでいる。

 軸の色も、施された金の装飾も、ため息が出るほど繊細で綺麗——なのに。


 ……どれも、暁臣様のお部屋で見かけたことがあるものばかりだ。

『上等』と言うだけでは、彼には届かない。

 そう思うと、急に自分の選択が怖くなった。


 あのようなお邸に住まわれている暁臣様に、何を贈ればいいのだろう。

 途端に、迷い子が深い霧の中に迷い込んだような心細さが襲ってくる。

 そっと値札に目を向けると、ただの数字なのに、冷たく私を突き放しているような気がして、慌てて視線を逸らした。

 こんな額のものを、私は本当に『選んでいい』のだろうか、と。


 次の階へ進むと、そこは重厚な革の香りが漂うフロアだった。

 時計、鞄、手袋、財布……。

 どれも使い込まれることを前提とした上質な品ばかりで、近寄るのさえ気後れしてしまう。

 それでも私は、暁臣様の顔を思い浮かべて、ゆっくりと一歩を踏み出した。


「……あ」


 ふと、棚の端に置かれた一冊に、私の目が釘付けになった。

 視線だけが、そこへ吸い寄せられていく。


 深い深緑に近い、濃い茶色の革手帳。

 派手な艶はなく、これ見よがしな装飾も一切ない。

 静かで、潔い。——それなのに、確かな存在感があった。


 導かれるように手に取ると、指先に吸い付くようにしっとりと馴染む。

 革が、まるで『持つべき手』を知っているみたいに落ち着いた。


「お目が高いですね。そちら、舶来の牛革を贅沢に使ったもので、持ち主が使い込むほどに色が深まり、独特の風合いに育つお品ですよ」


 店員さんの言葉が、ストン、と胸に落ちる。


 お邸のご様子を考えると、暁臣様は舶来の物を好まれるような気もする。


 何より『育つ』——と言う言葉。

 暁臣様は、学校とお仕事でいつもお忙しそうで。

 張り詰めた執務の手元に、年月をかけて育っていくこの手帳があったら。

 膨大な書類に目を通し、五条家として重い決断を幾度も重ねていくその日々に——寄り添える気がした。


 贈り物は、華やかで目を引くものだけがよいわけではない。

 使うたびに、持ち主の時間が刻まれていくもの。

 暁臣様の『今日』と『明日』に、そっと並んでいられるもの。


「……これなら、無駄には……ならないでしょうか」

「ええ。流行に左右されない、一生ものだと思いますわ」


 伺うように信子さんを見ると、優しい微笑みで頷いてくれた。

 その頷きが、私の背中を押す。


 ——けれど、値段を尋ねるのはやはり怖い。

 数字を聞いた途端、手が勝手に引っ込んでしまいそうで。


「……おいくら、でしょうか」

「こちらは、三十五円でございます」


 店員さんは、私の緊張を察したようにほんの少し間を置いてから、恭しく告げた。


 三十五。


 それが世間一般でどれほどの価値なのか、恥ずかしながら今の私には正確には分からない。

 多いのか、少ないのか……それすら正直、よく分からない。

 でも、不思議と——これを買っても、お財布はまだ軽くならない気がした。

『私にもできる』と言う手応えが、先に胸へ来た。


「……それでは、こちらを……お願いします」


 声が、自分でも驚くほどか細く。

 店員さんが丁寧に品を受け取り、恭しく奥へと下がっていく。


「……すみれお嬢様。せっかくですから、贈り物用に包んでいただきましょうか」

「……包む、と言うことが……できるのですか?」


 ただ『買う』だけではない。

 誰かに贈るために、心を込めて飾る。

 そんな文化がこの世にはあるのだと、今さらのように知って胸が熱くなる。


 ほどなくして戻ってきた店員さんの手には、美しい藍色の包みが載せられていた。

 革の手帳は柔らかな白い紙に守られ、さらに品のよい箱に納められ、最後は深い色の紐で静かに結ばれている。


 その瞬間——ただの『品物』だった手帳が、世界にたった一つの『贈り物』へと変わっていった気がした。

『暁臣様のためのもの』として、形を与えられた気がした。


「ありがとうございます……」


 両手で受け取ると、掌から暁臣様への想いが伝わっていくような錯覚を覚える。


 ……本当に、買ってしまった。

 人生で初めての、私から誰かへの贈り物。

 胸の奥で、小さく希望の鐘が鳴る。


 嬉しいのに、少しだけ怖い。

 この包みを渡す時、暁臣様はどんな顔をされるのだろう。

 戸惑われるだろうか。それとも、喜んでくださるだろうか。

 そう思うと、窓の外に広がる紅葉よりも鮮やかな期待が、胸の中にそっと広がっていった。


 大切に包みを抱えて歩き出すと、隣の信子さんが小さく咳払いをした。


「……すみれお嬢様。もしよろしければ、お嬢様用の巾着なども見てみませんか?」

「私の……巾着、ですか?」

「はい。先ほどからお財布を直接袂に入れてらっしゃいましたから。大切なものを守る入れ物も必要ですよ」


 信子さんが視線を向けた先には、色とりどりの小物が並ぶ一角があった。

 ちりめんで作られた、ころんとした巾着。

 網目の美しい籠のような巾着。

 小さな世界なのに、そこにも『選ぶ楽しさ』が詰まっている。


「少し、見てもいいですか?」

「もちろんです。ゆっくり見て回りましょう」


 どれも可愛らしくて目移りしてしまう。

 けれど、いざ自分の物となると、どれが私に相応しいのか余計に分からなくなってしまう。

『自分の物を選ぶ』と言う行為は、まだ慣れない。


 迷いながら歩いていると、ふと、ガラスケースの中に並ぶ帯留めに目が留まった。

 掌に収まるほどの小さな世界。派手さはない。

 けれど驚くほど精密な細工が施され、息を呑む。


 銀細工、七宝、陶器——。

 どれも上品で、控えめで、凛とした美しさがある。


 そんなことを思いながら覗き込んでいると、ケースの隅に置かれた一つに、心が強く引き寄せられた。


「……これ」


 白を基調にした小さな花の帯留め。

 鈴のように慎ましやかに下を向いた形が、寄り添うように連なっている。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらの作品もよろしくお願いします
▶ 無華の花嫁
〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜
和風恋愛/大正ロマン/シンデレラストーリー/華族/無華の少女/黒薔薇の殿下/溺愛/異能
本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。