第十八話 甘やかな二度寝②
「……ん、っ……」
いつもとは違う。
身体全体を包み込むような、心地よい重み。
それと、すぐそばにある微かな熱に気づいて、意識がふわりと浮上した。
ゆっくり瞼を持ち上げる。
そこには見慣れた天井があるはずだった——のに。
色味が、どこか違う。
カーテンの影の落ち方も、空気の匂いも。
ぼんやりした頭のまま身じろぎをして、ふと横に視線を動かした。
「!?あ、暁臣様……!!」
ほんの目の前。
触れ合うほど間近に、暁臣様の端正な寝顔が視界に入る。
心臓が跳ね上がり、私は反射的に起き上がろうとして——その瞬間、自分の姿に気づいて息を呑む。
帯は緩められ、衿元は無惨に寛ぎ、肌襦袢さえ着崩れてしまっている。
昨晩の記憶を必死に手繰り寄せた。
そうだ。彼の部屋へ招き入れられ、抱きしめられ——。
その後の記憶が、ぷつりと途絶えている。
……なんてことを。
私はあのまま暁臣様の腕の中で、あろうことかそのまま眠りこけてしまったのだ。
あんなに甘えて。自分からしがみついて。
恋だと認めたばかりの心が、嬉しさと羞恥でぐちゃぐちゃになる。
「……起きたか?」
「えっ、あ、わっ……」
寝惚けていらっしゃるのか。
私が離れようとした瞬間、引き寄せられるようにして——再び暁臣様の腕の中へ連れ戻された。
耳元をくすぐる、穏やかな寝息。
胸に頬が触れるほどの距離。
熱が、じわりと伝わってくる。
『早く起きなければ』
『申し訳ないことをした』
——頭の中ではそんな正論が渦巻いているのに。
腕の強さと、そこから伝わる確かな体温があまりに心地よくて、抗うのをやめてしまう。
もう少しだけ。
もう少しだけ、このまま微睡みの中にいたい——と、願ってしまった。
こんなに安心させる腕を、どうして今さら知ってしまったのだろう。
「あ、暁臣様っ!本当に、本当に申し訳ありませんっ」
「いや……すみれは悪くない。俺が無理をさせた」
しばらく経って、ようやく正気に戻って飛び起きた。
『早く起きなければ』とあんなに考えていたのに、結局、彼の腕に抱かれたまま——一緒に二度寝をしてしまうなんて。
それだけではない。
肌襦袢一枚に近い、あられもない姿まで見られてしまった。
「……見苦しいものをお見せしてしまい、穴があったら入りたいです……」
「ぷっ……くくくっ」
私の混乱をよそに、暁臣様は堪えきれないといった様子で肩を震わせ、笑い始めた。
……そんなに笑われるようなことが、私の身に起きていたのだろうか。
よほど寝相が悪かったか。
あるいは——いびきや、妙な寝言を言ってしまったのかもしれない。
そう思うと、顔が羞恥心でひきつっていく。
「久しぶりに、すみれの可愛い寝顔が見られて……朝から得した気分だ」
「えっ!?か、可愛いだなんて……」
寝顔……。
ここへ来たばかりの頃、体調を崩していた私を暁臣様は看病してくれた。
寝顔を見られたことは、一度や二度ではないはずなのに。
改めて言葉にされると、意識して見られていたのだと思い知らされ、顔から火が出るほど熱くなる。
「そんな……ご冗談を。私は、きっと酷い有様だったはずです……」
「おや。俺はそんなに信用がないかな」
「ちが、います……そういうわけでは……っ」
おかしい。
暁臣様がおっしゃる一言一言に、心臓が激しく波打つ。
指先を見れば触れたくなり、お話しされる声を、ずっと聴いていたくなる。
もっと。もっと近くへ行きたくなる。
たった数日会わなかっただけで、人はこんなにも誰かを求めてしまうものなのだろうか。
……この想いが、いつか爆発してしまいそうで怖い。
誰かに聞けば、この苦しさの鎮め方を教えてくれるのだろうか。
けれど、そんなことを相談できる相手なんて——。
目の前のテーブルには、焼きたてのパンの香りが漂う朝食が並べられている。
こうして暁臣様と向かい合い、洋風の朝食を囲む。
当たり前だったはずの日常が、少しずつ私の中に『帰ってきた』と言う実感を呼び覚ましていく。
「……今日は、仕事をサボるかな」
サボる……?
暁臣様が……?
あまりにも想像できない言葉に、私は目を丸くして固まってしまった。
「なんだ?そんなに意外か?」
「はい……とても。暁臣様は、いつだってお忙しくされているようでしたから」
「ふむ……。すみれには、俺と言う人間が一体どう見えているのか、非常に興味があるな」
意地悪そうに微笑む彼に促され、私は懸命に言葉を探す。
「いつでも、佇まいも凛々しくて、隙がなくて……」
「他には?」
「力強いのに、指先まで繊細な所作が……本当に美しくて……」
「……他は?」
「とても実直で、優しくて……」
「……もっと聞きたくなるな」
っ、……!もっと……?
そんな、もっとなんて……。
溢れてくる言葉が多すぎて、喉の奥で詰まってしまう。
目が合うだけで嬉しいのに、今は——心臓が高鳴りすぎて、直視することさえできなくなってしまった。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




