第十一話 突撃と決意①
「すみれ様。……鷹宮千鶴様がお見えなのですが……」
「え……?」
千鶴様……?
手元で動かしていた刺繍の針が、ぴたりと止まった。
驚きのあまり、隣に座る信子さんと図らずも顔を見合わせてしまう。
千鶴様とお会いしたのは、二週間前、あのお茶会の時が最後。
あの日以来、お会いする約束も、個人的なお手紙のやり取りも一切ない。
どうして、突然——。
「いかがいたしましょうか。お約束がないのでしたら、本日はお引き取りいただくようお伝えいたしますが……」
「い、いえ……!そんな……」
ダメだ。
何のご用件かさえ伺わず、ましてや宮家のお血筋である千鶴様を、私のような者が追い返すなんて。
そんな無礼を働けば、暁臣様の顔に泥を塗る。
——その想像だけで、喉がひやりと硬くなる。
不安げに私を見つめる信子さんと、再び目が合った。
「すみれお嬢様。もしご迷惑でなければ、私も同席させていただいてもよろしいでしょうか?」
「信子さん……!ありがとうございます。ぜひ、お願いします……」
信子さんに付き添われ、千鶴様が待つと言う客間へと向かう。
廊下を進む足音が、妙に大きく響く気がした。
扉の前で一度、深く、肺の奥まで空気を吸い込む。
教わった通り、ゆっくりとノックをしてから扉を開けた。
陽光が差し込むソファに腰を下ろし、用意されたお茶を優雅に口にしている千鶴様の姿があった。
「突然の訪問、申し訳ありませんわ。たまたま近くまで参りましたので、お顔を拝見したくなったのです」
「いえ。とんでもありません。ようこそお越しくださいました」
「相変わらず、暁お兄様のお邸は素敵ですわね。……千鶴も、いつかこちらに住みたいと思っておりましたの」
向かい側に腰を下ろす。
千鶴様の口ぶりには、ここがまるで気心の知れた場所であるかのような余裕があった。
幼い頃から交流があるのなら当然なのだろう。
——けれど、もし。
彼女は暁臣様の私室にさえ、昔から自由に出入りしていたのではないか。
そんな考えがよぎった瞬間、胸の奥がまたズキリと、鈍い音を立てて痛んだ。
今日の千鶴様は、先日の茶会の時とは打って変わり、仕立てのよい洋服を軽やかに着こなし、豊かな黒髪を美しく下ろしていた。
緩やかに流れる髪に飾られた大きなリボンが、可憐さをいっそう引き立てている。
ああ、やっぱり何度見ても——なんてお綺麗なお方なのだろう。
「こちら、お土産ですの。よろしかったら召し上がってくださいな」
差し出された箱が開けられる。
中には、黒い宝石のように光り輝く粒が、整然と並んでいた。
「あの……ありがとうございます」
「あら。……ひょっとして、チョコレート、初めてご覧になりました?」
その一言に、顔がカッと熱くなり、言葉を失ってしまった。
名前こそ聞いたことはある。けれど、こんな姿をしているとは知らなかった。
——千鶴様にとっては、知っていて当然のこと。
私に欠けているものが、また一つ、形になって突きつけられた気がした。
「失礼いたします。こちら、ありがたく頂戴いたしますね」
「……そちらの方は、どなた?」
「あ……信子さんは、私の家庭教師をしてくださっていて……」
「あら!どのようなことを学んでいらっしゃるの?千鶴にも教えてくださる?」
「今日は、刺繍を……」
そう答えた瞬間、千鶴様がふっと笑みを零した。
「まあ……刺繍を『授業』で?それは随分、丁寧なお時間をお過ごしですのね」
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