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【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~  作者: 木風


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第九話 初めてのお茶会②

「すみれ」


 暁臣様が自然な所作で椅子を引いてくださる。

 私は小さく頭を下げ、教わった通りに腰を下ろした。

 座面の端に浅く、けれど浅すぎない位置。膝を揃え、足先は揃え、背もたれには預けない。

『いすはふかくすわらない』——昨夜、自分の字で書いたひらがなが頭に浮かぶ。


 背筋は伸ばす。視線は落とさない。指先まで意識する。

 藤波様の声が、心の中で何度も復唱される。


 正面には、すでに千鶴様が。

 先ほどと変わらぬ凛とした微笑みを湛え、優雅な手つきで紅茶のカップを手にしていらっしゃる。


「すみれ様、でしたわね。……ふふ。こうしてお茶をご一緒できること、光栄に存じますわ」

「……はい。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 声音は真綿のように柔らかく、礼儀も一点の曇りもない。

 けれど、私を見つめる視線の奥底には、好奇心とも、値踏みともつかない冷ややかさが潜んでいる気がした。


 応える声が、自分でも驚くほど硬い。

 喉が乾き、舌が上顎に張り付く。

 視線を落としたくて仕方がないのに、ここで俯けば『やはり無華は場に相応しくない』と、自分自身が証明してしまう気がして、無理に瞳を上げた。


 震えそうになる指先を、誰にも悟られないよう膝の上でそっと押さえつける。

 ここで崩れたら、暁臣様の隣にいる資格がなくなる——そんな脅迫みたいな思い込みが、喉の奥を締めた。


 侍女が音もなく背後に立ち、透き通った琥珀色の紅茶を注ぐ。

 注がれる角度さえ優雅で、湯気の立ち上り方まで美しい。

 カップの縁に沿って液面が静かに揺れ、光を受けて薄い金色の輪が浮かぶ。

 湯気とともに立ちのぼる香りは高貴で、ほんのわずか、花の匂いが混じっていた。


「この茶葉、暁お兄様がお好きだったものでしょう?千鶴が選びましたの」

「……ああ。よく覚えていたな」

「当然ですわ。暁お兄様のことでしたら、千鶴はなんでも覚えておりますもの」


 何気ない一言が、胸の奥をちくりと刺す。

『覚えている』と言う言葉が、私の知らない暁臣様を積み重ねた年輪みたいに聞こえて、たまらなく眩しい。


『暁お兄様』。

 その呼び方を聞くたび、抜けない棘が増えるみたいに痛かった。

 彼女と彼の間には、私には踏み込めない数多の記憶が積もっている。


 私はそこに、後から紛れ込んだだけの——居候みたいな存在なのではないか。

 いくら暁臣様が『妃にする』と断言してくださっても、世界のほうが『違う』と言い張るなら、私には何ができる?

 思考が悪い方へ滑り始めるのを必死に止める。ここで自分の心に溺れたら、また倒れてしまう。


「……そう、なんです、ね」


 カップを口元へ運び、そっと一口含む。

 柔らかな甘みが広がり、喉を滑り落ちていく。

 鼻に抜ける香りは華やかで、砂糖を入れなくても十分に甘い。

 なのに、舌が感じる味より先に、胸の冷たさが勝ってしまう。

 美味しい。確かに美味しいはずなのに、心は氷を飲み込んだみたいに冷えたままだった。


「すみれは、こうした場にはまだ慣れていない。あまり気を使わせるな」


 暁臣様が、私を庇うように静かに言葉を挟む。

 その声は穏やかで、当たり前のように私を守ってくれる。


「まあ……。では緊張なさっているのね。無理もありませんわ。このような場所は初めてでしょうから」


 千鶴様は美しく微笑む。

 その指には、控えめな金の指輪が光り、爪先まで磨き上げられた気品が滲む。

 気遣いの言葉なのに、その裏に——『初めて』『不慣れ』と言う刃が隠れている気がして、息が詰まった。

 私は自分の手元を見ないようにした。指先の皸は消えたけれど、私はまだ『綺麗なものの持ち方』を知らない。


 無理に笑顔を作りながら、隣の暁臣様の横顔を盗み見る。

 落ち着いた眼差し。涼しげな佇まい。

 この息の詰まるほど洗練された空間を、彼は自分の一部みたいに受け止めている。


 ——やはり、違う。根本から、違うのだ。


 ここは、私が生まれ育ったような世界ではない。

 暁臣様の隣と言う、夢にまで見た特等席に座っていながら、私は透明な壁の向こうから彼を眺めているだけのような孤独に囚われた。


 それでも——。


 卓の下、膝の上に置いた私の手に、暁臣様の指先がそっと重なる。

 わずかに触れるだけ。

 けれど、その一線が、私とこの場の間に立ちはだかる氷の壁をほんの少し溶かす。

 指先が二度、軽く撫でられる。


 ……大丈夫。

 私はまだ、立っていられる。


 小さく息を吸い、反対の手でカップを持ち、もう一度紅茶を口にする。

 カップを持ち上げる手首の角度、肘の開き、カップを戻す時の音——全部、昨日まで練習した通り。

 うまくできているかなんて分からない。でも、少なくとも『逃げない』と決めた。


 この茶会と言う名の華やかな舞台が、『無華』と言う私の価値を冷酷に試す場であることを痛いほど感じながらも——

 せめてこの手の温度だけは、離したくないと思った。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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