第九話 初めてのお茶会①
「……暁お兄様。そちらの、お連れの方は……?」
「すみれ。紹介がまだだったな。こちらは、鷹宮千鶴女王殿下だ」
「千鶴ですわ。お初にお目にかかります」
彼女は柔らかく微笑みながら、鈴を転がすような声で名乗った。
その声音はどこまでも丁寧で、上品で——だからこそ、逃げ場がない。
『暁お兄様』と呼ぶその親密な響き。
二人は一体、どのような月日を重ねてきたのだろう。
そんな醜い邪推が、頭の隅を掠める。
……いけない……!
眩しさに見惚れてしまい、挨拶が遅れた。
「……あ、朝霞すみれです。お、お初にお目にかかります……」
慌てて深々と頭を下げる。
すると背中に、暁臣様の大きな手がそっと添えられた。
その重みと温度が伝わってきただけで、爆発しそうだった緊張が、ほんの少しだけ凪いでいく。
——大丈夫、ここにいる。支えてくれている。
そう言われた気がして、胸の奥がじん、とした。
「あら。あなたのその瞳……『無華』ですのね!千鶴、本物を拝見するのは初めてですわ!」
「っ……」
悪意のない、純粋な好奇心に満ちた言葉。
けれどその一言で、ようやく和らぎかけていた緊張は一瞬で、何倍もの重圧となって私にのしかかった。
呼吸が浅くなる。
視界がちかちかと爆ぜ、耳の奥がきいんと鳴る。
私は袖の下で、己の指を白くなるほどぎゅっと握りしめた。
——見られる。
やっぱり、見られる。
この瞳は、私のすべてを暴く。
何も言えず石のように固まってしまった私の頬を、暁臣様の手が優しく包み込んだ。
瞳と瞳がぶつかる。
暁臣様の迷いのない眼差しは、一点の曇りもなく、私だけを映し出していた。
「美しい瞳だろう?左右で色が違う虹彩色……この世のどのような宝石を並べても、この輝きには及ばない」
言葉に、嘘は一切感じられない。
頬に触れる手の熱。
背中を支える確かな掌。
それだけを頼りに、私はどうにか背筋を伸ばし、顔を上げ続けることができた。
「……ふーん。そんなことより暁お兄様!広間には千鶴がご案内いたしますわ!」
強引に彼の手を引こうとする千鶴様を、暁臣様が静かに制止する。
「俺はすみれと行く。場所は分かっているから、お前は先に行っていろ」
「……!分かりましたわ。暁お兄様も、すぐいらしてくださいね!」
一瞬、千鶴様の視線が私に向けられた気がした。
微笑みの形は崩れないのに、瞳の奥だけがすっと冷えたような——そんな錯覚。
けれど彼女はすぐに優雅に向き直り、軽やかな足取りで歩き出す。
遠ざかっていくその後ろ姿でさえ、ただただ美しかった。
私はその背中を見送ったまま、袖の中で握った指をそっと解けないでいる。
——暁臣様の手が、まだ私の背を支えてくれていることを確かめるように。
「すみれ。千鶴が失礼を言った。すまない」
「……いえ。そんな……もったいないお言葉です」
「あれは幼い頃からああして、実の兄のように俺に懐いているだけだ。気にするな」
幼い頃から……。
千鶴様は、私のまったく知らない『遠い日の暁臣様』を知っている。
私が出会えたのは、大人になった今の暁臣様だけ。
けれど彼女は、きっと——笑っていた頃も、怒っていた頃も、弱さを見せた頃も、当たり前のように隣にいたのかもしれない。
先ほど、並んで立っていた二人の姿が脳裏から離れない。
言葉にするのも怖いほど、お似合いだった。
『華』の有無だけじゃない。
育ち。血筋。積み重ねた時間。
私には決して埋められない、絶対的な差。
胸の奥で、黒い靄がゆっくりと濃くなる。
嫉妬だと認めてしまえば、もっと醜くなる気がして、私はそれに名前を与えられないまま飲み込んだ。
暁臣様に促されるまま、静寂に満ちた広間へ足を踏み入れる。
扉を抜けた瞬間、ふわりと上品で甘い香りが鼻先をくすぐった。
磨き抜かれた長卓に白磁の茶器が整然と並び、淡い花模様の最高級の卓布には、午後の光が宝石のように散っている。
銀のティースプーンは一分の乱れもなく揃えられ、砂糖壺の蓋にすら指紋一つない。
遠くで微かに鳴る柱時計の音さえ、この場の一部として計算されているようだった。
清らかな水音。陶器が触れ合うかすかな音。遠くの席で交わされる、控えめで品格のある笑い声。
すべてが作り物みたいに整いすぎていて、穏やかなのに——その完璧さが、逆に私の居場所のなさを際立たせた。
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