表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/36

第八話 鷹宮邸へ、千鶴様①

 今日は、ご招待されている茶会の日。


 暁臣様が私のために特別に誂えてくださった、しっとりと肌に馴染む色無地に袖を通す。

 落ち着いた薄紫色で、柄はごく控えめ。

 一目で上質だとわかる生地は、身じろぎするたびに静かな艶を返して、今の私には贅沢すぎるほど。


 頭の中は、今日まで必死に叩き込んできた作法でいっぱいになる。

 女中さんたちが襟元を整え、帯の位置を確かめ、髪の乱れを直す。

 その手つきが淀みなく進むほど、私の鼓動だけが、少しずつ——けれど確実に早くなっていった。


 ゆっくりと深く息を吸う。

 吐く。

 吸う。

 教わったことを、念仏みたいに胸の奥で繰り返す。


 俯かない。

 背筋を伸ばす。

 真っすぐ前を見る。

 そして——『無華』の証であるこの眼を、人に見られることを恐れない。


 それは、私にとって何よりも高く、険しい壁だった。

 鏡に映る左右で色の違う瞳からさえ、目を逸らしたくなると言うのに。


「すみれ様。殿下が玄関でお待ちです」

「……はい。今、伺います」


 大理石の床に、初夏の陽射しが細かな模様を落とし、光が宝石みたいにちらちら揺れている。

 開かれた扉の向こう。

 逆光の中に暁臣様の姿を見つけた瞬間、胸の奥の固い結び目が、ほんの少しだけほどけた。


「すみれ。行こうか」

「はい……っ」


 今日の暁臣様は、儀式の軍服ではなく、落ち着いた灰色の三つ揃いの洋装。

 仕立ての良さが、動かずともわかる。

 邸の優美な内装に驚くほど自然に溶け込みながらも、そこだけ空気が凛と張り詰めるようで——。


 家で寛いでいらっしゃる着物も、公務の軍服も、学校へ向かわれる装いも、恐ろしいほどお似合いだけれど。

 今日のスーツ姿は、まるで古い物語から抜け出した王子様みたいで。

 神々しさに気圧され、直視することができない。


「……すみれ?」


 名を呼ばれただけで、心臓が跳ねる。

 顔を上げなきゃ、と分かっているのに、視線が迷子になる。


 その時——。


「ひゃっ……!」

「すまない。……今日は珍しく髪を上げているからな」


 首筋に、暁臣様のしなやかな指先が触れた。

 手袋越しではない熱が、そこだけ小さな火になったみたいに広がっていく。


「うなじが涼しげだ。……とても、よく似合っている」


 耳元で囁かれた低く甘い声に、胸の中が一気に騒がしくなる。

 さっきまで、髪を上げたせいで心細かった首筋が、今はもう熱くてたまらない。


 どうしよう……。

 必死に暗記してきた作法が、暁臣様の一言で全部吹き飛んでしまいそうだ。


 けれど、そんな私の内心を余所に、暁臣様はいつものように優しく手を取ってくださる。

 その掌の温度に導かれるまま、榊原様の運転する車の後部座席へ。


 乗り込む直前、暁臣様が私の指をそっと握り直した。

『大丈夫』と言葉にされなくても、そこにあるのは確かな支えで——胸の奥がじん、と温かくなる。


 お邸を出るのは、これでようやく四回目。

 窓の外には鮮やかな若葉が揺れる並木道が続き、流れる景色は春の柔らかさを脱ぎ捨て、夏へと力強く移り変わろうとしていた。


 初めて訪れる他家のお邸。

 恐ろしくて足が震えるのに、私の狭かった世界がまた少し、外側へ広がっていく音がする。


 やがて大きな石造りの門をくぐった瞬間、肌を刺す空気が一変した。

 車から降り立った途端、目の前の光景に圧倒され、息が止まる。


 車寄せには既に数名の使用人が控えていて、こちらの到着を一分の狂いもなく待っていた。

 彼らの一礼は深く、完璧で——それだけで『歓迎』ではなく『査定』のようなものを感じてしまう。


 ……見られる。今日の私は、婚約者として。

 唇が乾き、舌の置き場さえ分からなくなる。

 それでも、目を逸らし、ここで逃げたら、またあの蔵に戻ってしまう気がした。


 高く反った重厚な瓦屋根。

 人の胴ほどもある太い柱で組まれた門。

 飾り気は一切ない。ただ、そこに在るだけで人を屈服させる圧が立ち込めている。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらの作品もよろしくお願いします
▶ 無華の花嫁
〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜
和風恋愛/大正ロマン/シンデレラストーリー/華族/無華の少女/黒薔薇の殿下/溺愛/異能
本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ