第七話 初めての手紙、二度目の口づけ①
「すみれの書く字は、一筆一筆がとても丁寧だな」
「……本当、ですか?」
「ああ。大切に、取っておく」
信子さんが二度目にいらした時、「暁臣様に感謝のお手紙を書いてみてはどうか」と勧められた。
初めて記したそれは、日記のような拙い内容だったけれど。
それでも、暁臣様が私の下手な字を見て、喜んでくださった。
——その事実だけで、胸の奥がじんわり温かくなる。
最初は、真っ白な紙に字を書くと言うことさえ怖かった。
いつも胸の中で考えて、考えて、結局は飲み込んで消してしまう自分の想いを、形にして伝えると言うことが、こんなにも難しく、そして勇気のいることだとは知らなかった。
けれど、私が書いたたった数行で、暁臣様の表情が少し柔らかくなる。
私の行いが、誰かの心に届く。
それが、こんなにも嬉しい。
でも同時に——怖い。
一度『届く』ことを知ってしまったら、次に届かなかった時が、怖くなる。
私はまだ、喜び方さえ下手なのだと思う。
「授業の方も、だいぶ慣れてきたようで安心した。顔色が良くなったな」
「……はい。信子さんだけじゃなく……藤波様も、篠塚様も、とても丁寧にご指導くださって……」
本当は、今だって分からないことだらけ。
お二人が仰っている教養や作法の真意を、私は半分も理解できていない気がする。
暁臣様の隣に相応しい女性になるためには、お二人のように完璧な振る舞いを身につけなければいけない。
『できるようになる』未来が想像できないから、余計に焦るばかり。
私に学ぶ時間がどれくらい残されているのだろう。
二年も三年も、悠長に待ってもらえるとは思えない。
その間に、暁臣様の私への興味が尽きてしまったら。
彼のお気持ちが変わってしまったら……。
——だめ。
そんなことを考えてはいけない。
また、悪い方へ、暗い方へと、思考が勝手に滑っていく。
それが癖になって、臆病な心が、私をまた俯かせてしまうのだから。
「すみれ」
名を呼ばれて、はっと顔を上げる。
……大丈夫。俯かない。今はここにいる。
「来月、宮家主催の茶会がある」
「……お茶会、ですか」
「俺一人で出席してもいいのだが。できれば……一緒に参加してほしいと思っている」
……どうしよう。本音を言えば、怖くて仕方がない。
先日の園遊会ほど大規模ではないかもしれない。けれど、それでも。
『その娘の眼……『無華』の証に他ならぬ!』
『皇族に『無華』の血を入れるなど、前代未聞!』
『『王華』たる『黒薔薇』を、軽んじすぎではないか!』
あの日、宮家の方々に投げつけられた鋭い言葉が、今も耳の奥にこびりついて離れない。
あの厳しい方々も、きっとまたいらっしゃるだろう。
あの時の、身体を貫くような刺す視線。
今の私があの中に飛び込んだとして、あの時より、ほんの少しでも変わった姿を見せられるのだろうか。
——変われていなかったら。
また、暁臣様に恥をかかせてしまう。
「大丈夫だ」
暁臣様は、私の不安を見透かしたように——さらりと続けた。
「茶など適当にしばくだけでいい」
「……ぷっ。し、しばく、なんて……」
「そうだな」
暁臣様の口元が、少しだけ緩む。
私が吹き出したのを見て、安心したようにも見えた。
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