第一話 隣室のはじまり②
聞き慣れないその響きに、思わず瞬きを繰り返す。
誕生日と言うのは、誰かから何かを与えられる日だっただろうか……。
記憶の底を辿れば、妹の百合が、父や継母から山のような贈り物に囲まれて笑っていた光景が、霞のように浮かんでは消える。
私には、いつも蔵の隅で音を立てないように息を殺す役しか与えられなかった。
『無華』である自分が、この世に生を受けたことを祝われるなんて。
そんなことは、この十八年間、一度も……一瞬たりとも、当たり前ではなかった。
正直な所、自分の誕生日の正確な日付すら、今の私にはよくわかっていないのだ。
「正式な婚約の書面を交わさなければ、誕生日さえ今も知らないままだった」
暁臣様の声が、わずかに低く、独占欲を孕んだ響きを帯びる。
それは甘いのに、痛い。
私の過去に向けられた静かな怒りが、言葉の端に滲んでいる。
「……今後は、二月二十五日は俺が毎年祝おう」
怒りを押し殺したようなその声に、身体がびくりと震えてしまう。
今でも父や継母の顔を思い出すだけで足がすくみ、交渉のすべてを暁臣様にお任せしてしまった。
暁臣様は、私が不安になるのを察してか、実家との間にどのようなやり取りがあったのかを詳しく教えてはくれない。
けれど、きっと……私の知らない所で、あの人たちはまた身勝手な振る舞いや、金の無心をしているのではないか。
そう思うと、申し訳なさで仕方がなくなる。
「誕生日ケーキは初めてか?」
「……誕生日、けぇき……とは、どのようなものでしょうか?」
「ふ……そうか。すみれの『初めて』が、すべて俺のものになると言うのは、気分がいいな」
蕩けるような甘い声で囁かれ、どう反応していいのか分からず、言葉が喉の奥でつかえてしまう。
でも、その一言に胸がふわりと浮いて、すぐに落ちて、また痛む。
私は、喜んでいいのか、それとも怖がるべきなのか、まだ上手に選べない。
暁臣様の大きな手のひらが、私の髪を優しく梳き、指先が白磁の肌をなぞる。
『黒薔薇』の強すぎる『異能』によって、暁臣様が手袋を外して素手で触れられるのは、この世でただ一人、私だけ。
そう聞かされているけれど……。
私を見つめるその瞳には、そのような恐ろしい力など微塵も感じられない。
ただただ、深く、溺れるような愛おしさが湛えられている。
本当に、この美しい手も、熱も、眼差しも、私だけのものなのだろうか。
私が少しでも怯えの色を見せると、暁臣様はすぐに気づき、こうして私を繋ぎ止めてくださる。
そのたびに、胸の中の糸がほどけて、代わりに別の結び目が増えていく気がする。
どうしたら、この手を離さずにいられるのだろう。
誰にも愛されたことがなく、誰にも必要とされなかった私には、誰かに縋る術も、繋ぎ止める術も、想像すら及ばない。
——それでも。
この温もりを知ってしまった以上、私はもう、戻れない。
せめて、暁臣様の邪魔をしないように。これ以上、ご迷惑をおかけしないように。
そんなことばかりを考えてしまう私は、今でもあの暗い蔵の中で、膝を抱えて蹲っていた時の自分から、少しも変われていないような気がして——。
寄る辺のない私の肩を、暁臣様の腕がより強く、独占するように抱きしめた。
抱きしめられた場所が熱くて、そこだけが、この世界に繋ぎ止められているみたいだった。
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