第五話 仲直りのしかた②
呆れたように息を吐いたあと、暁臣様は私の頬を包み込んだ。
世界で私だけに許された、手袋越しではない、肌の熱。
その熱が触れた瞬間、張り詰めていた心の氷が、一気に溶け出して溢れた。
視界が急激に熱く、潤んでいく。
「そんなことはあるわけがない」
その断言が、私の胸の底まで落ちる。
『捨てられる』と言う想像が、ほんの少しだけ遠ざかる。
「……まいったな」
暁臣様の指が、私の目元に触れそうで触れない距離をなぞる。
「泣かせたくないのに、今のすみれの潤む瞳は、あまりにも美しすぎる」
私の『無華』の証である、左右で色の違う瞳。
実の家族からさえ化け物のように疎まれてきたこの瞳を、そんなふうに慈しんでくれたのは、世界中で暁臣様が初めてだった。
人に見られることがあんなに怖かったのに、彼に見つめられる時だけは、なぜか恐怖が消えていく。
さっきまでは『嫌われた』と言う思い込みで顔が上げられなかったのに。
それが勘違いだと知った今も、別の、もっと熱い感情のせいで顔が上げられなくなってしまう。
「すみれ」
名を呼ばれるだけで、胸が跳ねる。
「もう一度、俺に聞かせてくれ。俺にできることはないか?」
いいのだろうか……本当に、こんな私なんかが我ままを言っても。
お忙しい暁臣様の大切な時間を、奪うようなお願いを口にしても。
怖い。
でも、昨夜『なぜ頼らない』と言われた声が、まだ耳の奥に残っている。
「もし、すみれがもう耐えられないと言うのなら、妃教育など今すぐ中止しても——」
「あ……あの……中止は、嫌です」
声が震える。
それでも、言わなければ。
「でも……授業のあった日は……少しだけ、こうして……抱きしめていただく時間を……いただけませんか……?」
言ってしまった。
触れ合うことは増えたけれど、こうして全身で抱きしめられるのは、まだ数えるほどしかないのに。
お妃教育のたび、週に四回も抱擁をおねだりするなんて。
……はしたない、欲張りな女だと思われてしまったらどうしよう。
暁臣様は、私の顔をじっと見つめたまま、ふっと口元を緩めた。
怒らない。
呆れない。
その事実だけで、息ができる。
「……授業のあった日、だけでいいのか?」
「……っえ?」
「俺の方は、毎日でも、一晩中こうしていても構わないのだが」
「い、いいの……ですか……?」
どうしよう……嬉しい。
暁臣様の時間を、私が独占してもいいなんて。
しかも義務ではなく、彼自身もそれを望んでくれている。
『我が儘』を受け入れてもらえることが、こんなにも心を満たしてくれるなんて、知らなかった。
胸が、温かいものでいっぱいになる。
「潤んだ瞳も美しいが、やはりすみれには笑顔が一番似合う」
「っ、そんな……」
「可愛い、と言っているんだ」
可愛い?私が……?
絶望の淵にいたはずなのに、今はもう、頭の中が彼の甘い言葉で掻き乱されて、言葉が何も出てこない。
何も言えずに赤くなっていると、暁臣様の両腕にひょいと抱え上げられ、私の身体はふわりと宙に浮いた。
「!あ、あの……わ、私、重くないですか……?」
「そうだな」
一瞬、考えるような間。
その間すら、心臓に悪い。
「俺の未来の妃には、もう少し重くなってくれると、安心できるんだが」
未来の妃……。
至近距離で、逃げ場のないほど強い視線でそう告げられたら。
それはもう、私のことだとはっきり自覚するしかない。
暁臣様は私の心配などどこ吹く風で、私を腕の中に納めたまま、悠々と歩き出した。
揺れに合わせて、胸がふわふわと浮く。怖いのに、嬉しい。
「改めて、昼食を摂りたいのだが。付き合ってくれるか?」
「はい……。私も、暁臣様と一緒がいいです」
そのままお部屋に戻ると、運ばれていた昼食のテーブルに、そっと降ろされる。
さっき私が見た時は一人分だったトレイの隣には、いつの間にか、もう一人分。
すっかり冷めてしまっているはずなのに。
一日ぶりに隣で食べる食事は、どんな豪華な料理よりも、優しくて、愛に満ちた味がした。
——『一緒に食べる』って、こんなにも幸せなんだ。
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