9.灌漑
「本当にすごいですね。師匠。竜を一人で倒してしまうなんて。目の前にしても信じられないほどの偉業です!」
ワイバーンを仕留めた場所までやってきた。
大物だけあって、肉や竜骨、爪や牙など、採取できる素材は多い。心臓などは不老不死の薬と信じられている地域もいまだある。
あと、竜は腐らせると厄介なケースがある。ちゃんと処理したほうがいい。
「大げさだなぁ。崖から落ちたり、川に落ちたりボロボロだよ。ハハハ」
大げさに褒めてくれるミリアリアさんだが、そんな格好いいものではない。
「いや、ケリー殿。それは普通死ぬのですが……。むしろどうやって生き延びたので……?」
「50メートルはあるっす! でも、さすが先生っす! 化け物っす!」
「あははは、ありがとう」
そう言えば、この子たちは年長者を立ててくれるタイプだったなぁ。
中年にもなった俺は、さすがにこんなぎりぎりな勝ち方を、誇ろうとは思わない。
「ですが師匠、ワイバーンは強力なブレスも使用すると聞きました。あれはどう対処されたのですか?」
「確かにそうですね。いや、ケリー殿の素早さであれば全てかわしたということなのでしょうね」
「あー、いや。それをすると森が燃えちゃうと思ってね」
「え? じゃあ、どうしたっすか?」
俺はゆっくりと垂直に手刀をおろすような仕草をして言った。
「できるだけ細かく切って散らしたよ。まぁこれも結局運が良かった。引火せずに済んだからね」
やっぱり運が良かっただけだな、と改めて自覚する。
ただ、
「ブレスを……切る……。そんなことまで……。さすが私の師匠ですね」
「というか、森の環境に配慮しながら戦っていたわけですか」
「なんか、考え方の次元が違うっすね~。なんか俄然やる気が出てきたっす! 少しでも先生に追いつくっすよ~」
「?」
何やら三人で難しい顔で、ひそひそ話が始まってしまった。
どうしたのだろうか。
……が、しばらくすると、コホンとミリアリアさんが仕切りなおすように、素材のことに話題を戻した。
「えっと。素材のことですが師匠。村にとっても大きな収穫になります。あ、いえ、もちろん、師匠のものになりますが、一度村の道具屋にご売却頂いて、それを町の方まで売りに行きます」
「あー、いや、俺は別にいいよ」
「は? いい、とは?」
ミリアリアさんがキョトンとした表情をする。
「それよりも、見つけた川から水を引いたり、そう言う作業をしたいんだよね。そっちを手伝ってくれると嬉しいんだけど」
そう言ってから、うーん、と悩む。
「やっぱり俺に都合がよすぎるかな……。やっぱ、今のは……」
なし、と言いかけた所で、
「なんと欲のない。まさに聖人じゃ!」
いつの間にか隣に来て話を聞いていた村長が言った。竜の討伐ということで、今回はわざわざ村長もご足労くださったのだ。
「このような素晴らしい方は見たことがない。まさに村の宝。いや、英雄と言って良いじゃろう!」
「ね、おじい様。ケリー師匠は素晴らしい御方でしたでしょう?」
「うむ! ……ところでケリーさん、あんたご結婚はしてるのかね?」
「え? どうして結婚の話を? というか、英雄とかは大げさすぎるんで勘弁して欲しいんですが……」
俺は困って、抗弁するのだが、なぜか誰も聞いてくれない。
頼みの綱のミリアリアさんも、今回ばかりは、どうしてか顔を赤らめるばかりなのだった。
一体全体何なんだ?
キリとエンもどこか生暖かい視線を寄越してくるし……。
まぁ、ともかく。
こうして、俺たちは素材の採取を開始したのだった。
これらが、村の貴重な収入になると嬉しい。
それから、灌漑工事。
つまり、川から水を引く作業を、村人たちが手伝ってくれることになった。
俺の畑に水を引くためなので、とても恐縮だったのだが、素材だけでも御釣りが来るそうだ。その上、水を引くのは村全体の水不足解消にもつながるから、むしろ有難いとの話だった。
「ありがたや、ありがたや」
「手を合わせないでください⁉」
ちょっと、村長はじめ、お年寄りたちが拝んでくるのに辟易とはしたが。
ともかく灌漑工事は行われることなり、すなわち、俺のスローライフは崩壊せずに済みそうだと、ホッと一息つくことが出来たのだった。
「ふーむ、これは困ったなぁ」
「森の木の根がびっしりはびこっている。鍬が入りそうにない」
「鉱山の岩盤を掘ってるみたいだな。道具が先にいかれてしまいそうだ」
村から出来るだけ近い川の地点から、土を掘って水を引くことにした。
水不足に常に悩まされている村としても、せっかく見つけた水源を無駄にしたくはない。
今回ワイバーンが暴れた後ということもあって、ゴブリンやオークなど厄介なモンスターは一時的に少なくなっている。
灌漑を行うには絶好の機会というわけであり、村人たちの意欲は高い。
しかし。
「鍬もつるはしも、歯が立たないんじゃあ仕方ない……」
「くっそー、せっかく水不足の問題から解放されると思ったのになぁ‼」
嘆きの声を上げていた。
「大丈夫ですか?」
俺は声をかける。
「ケリーさん。どうにも土が固いです。鉄を叩いてるみたいですよ」
「うーん。これは参ったな。本当に鉄みたいだ」
土はまったくもってビクともしない硬さだった。
森の根が複雑に絡み合い、なおかつ土自体も鋼のようだ。俺のところの土よりさらに硬い。
「これは農具では無理かもしれませんね……」
俺は眉根を寄せて言った。
「やはりそうですか。では、諦めるしか……」
「ゴーレムを倒す要領でやるしかありませんね……」
「諦めるしか……って、は? ゴーレム……?」
「ええ、知りませんか? あの、岩石のモンスターですが」
「いえ、知ってます。ただ、今疑問に思っているのはそういうことではないのですが……」
「?」
俺は首を傾げてから、
「モンスターだとすれば、皆さんには少し後ろに下がってもらったほうがいいかもしれませんね」
俺はそう言って彼らを一度避難させる。
そして。
剣を鞘から抜いた。
そして、剣にグッと魔力を込める。
構えは正眼。
痛いほどの沈黙。
静寂が訪れる。
落ちて来る木の葉。
それが、剣先の上に乗った。
微動だにしない。
次の瞬間。
「ゴーレム切り」
―――ズパッ
猪の肉を鋭利な刃物で割って、身をとりだすように。
鋼の大地が俺の剣よって生じた斬撃によって割れて、地層を見せた。
「えええええええええええええええ⁉」
後ろにいた村人たちが驚きの声を上げた。
「ど、どうしてあの岩盤みたいな地面を切れちゃうんですかぁ⁉」
「ああ、うん。いや、本当に運が良かったですよね。ゴーレムみたいなもんだったんで、同じ要領でうまくやれましたよ」
俺はホッと息をつき、緊張してかいた額の汗をふきながら言ったのだった。
「いや、ゴーレムみたいだから、うまくいくってのは、説明になっていませんから⁉」
「? ああ、まぁ確かに。大事なのは、この割れた地面がちゃんと掘れるような地層かどうか、ですもんね」
「いや、割った地面の評価をしてるわけじゃ、ないんだけどなぁ……」
まだ村人さんは何か腑に落ちない顔をしているが、恐らく、地面を割った程度でうまくいくかどうか、不安なのだろう。
村の水不足解消に関わる話だ。
気持ちは分かる。
俺は割れた地面の中へ降りて、つぶさに割れた地層を見て行く。
指で触ってみると、案外ボロボロとこぼれた。
よし。
「うん。良かった。地中は案外柔らかい。これなら、掘れそうですよ」
俺が手を振って、声を上げる。
「いや、うん。まぁ、とにかくすごいな」
「そうですね。運が良かったです」
「あー、まぁいいや、うん。よし、じゃあ、ケリーさんの頑張りを無駄にしないためにも、気を取り直して頑張ろうか、みんな」
「「「まだちょっと気持ちが追いついてないが、オー‼」」」
士気は高いのに、なぜか微妙な鬨の声を上げつつ、村人たちは灌漑工事を再開したのだった。
「聞きましたぞ、ケリー殿。大地を切り裂いたとか! さすがわしの見込んだ御人じゃ」
今日の作業がひと段落したので村の方へ帰ってくると、村長さんが出迎えてくれた。
「村長、いや、お忙しいところわざわざすみません」
俺はペコリと頭を下げる。
「なんの! この村の英雄殿にはふさわしい対応をせんとな」
「その呼び方はお願いですから、やめてもらえません⁉」
俺は思わず悲鳴を上げた。
笑顔をひきつらせて言う。
「ふむ、それはそうとな、ケリー殿」
「はい?」
何やら真面目そうな顔になったので、村長に向き直る。
重大な話だろうか?
俺がそう思って姿勢をただしていると、
「ケリー殿、ここは一つ、この村の『用心棒』として、雇われてみるのはどうじゃろうか?」
と、提案してきたのだった。
「絶対嫌です」
俺はついに真顔になり即座に返事をしたのだった。
用心棒になったら、何のために水を引いてるのか訳が分からない!
本当に、まったく!
早く俺にスローライフさせてくれ~!
そんな魂の叫びを上げる俺なのだった。
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