6.クエスト発生 ~水源を発見せよ~
「ふ~、やれやれやっと出来たぞ」
俺は額から流れる汗をぬぐってから、ほっこりとして言った。
自然と口元がゆるむ。
そう。
目の前の可愛い『畝』たちを見て。
色々あって、確かに俺のスローライフはなかなか始まらなかった。
だが、よく考えればそんなものは当たり前だ。
最初からすべてがうまくいくわけない。
そんな横着な考えを、この年齢になってもしていたことが恥ずかしい。
だが、こうして見事に畝ができた。俺のスローライフはついに成立した。
「スローライフ出来たんだ……」
そう言っても過言ではないだろう。
俺はホクホクとした気分になった。
今日は祝い酒でも飲んでみようかな。以前飲ませてもらった酒は美味かった。寝てしまったが、作業の後ならば問題ない。
もしかしたら、るんるん、という音すら出ていたかもしれない。
「さてさて、どんな作物を育てようかなぁ」
そんなことを妄想して、ニコニコとした。
ちょっと予行練習でもしてみよう。
浮かれているなぁ、と自覚して、俺は自分に対して苦笑する。
「種を蒔いたら」
そのあとは。
「こうやって。家の近くにある井戸水をくみあげるために桶を投げ入れる、と」
すると、次の瞬間、
『グシャ』
「……」
え?
俺は笑顔のまま氷りついていた。
「え?」
何が起こったか分からないまま、今、投げこんだ桶の行方を目で追って、井戸の底をのぞきこめば。
「み、水がなくなってるううううううううう⁉」
俺は思わず目をむいたのだった。
井戸の底は固い地面が露出していて、そこに叩きつけられた桶は木っ端みじんになっていた。
俺は地面に突っ伏しながら呟いた。
「水がなければ農業できない」
―――スローライフ完全終了―――
始ろうとしたスローライフは、始まる前に、そもそもスローライフそのものが『無理』、という二文字を叩きつけて来たのであった。
「まさか師匠の井戸が枯れてしまうとは……。あの辺りは確かに水の出が悪い場所です。先日は雨も降りましたが、基本的に最近は日照りが続いていました。他の井戸も厳しい状況ですが、師匠の井戸は特に水位が低下したのでしょう。他の井戸から持ってこさせましょうか?」
相談をしに村長の家にうかがうと、ちょうど村長は留守で、ミリアリアさんが代わりに対応してくれた。
「いやぁ、そんな状態で他の方々に迷惑をかけるのは気が引けますんで」
ハハハ、と俺は朗らかに笑う。
「大丈夫なんですか?」
「もちろんですよ、ハハハ。それでは」
「そちらは窓です」
ふ~、とミリアリアさんは嘆息してから。
「ダメみたいですね」
と苦笑して言ったのだった。
「えーっと……」
俺は唇をやや引きつらせながら言った。
「どうして森の中へ?」
その言葉に、ミリアリアさんと、その従者である獣人のキリとエンが答えた。
「どうしても何も」
彼女は落ち着き払って答えた。
「ないなら取りに行くしかありません。水源を探して近くまで引きましょう」
「日頃からお世話になっている身。この不肖キリ、微力ながらお供しますよ、ケリー殿」
「私もきばるっすよ~」
「えぇ……」
ぼーっとしていたため、勢いにのせられてここまで来てしまったものの、躊躇いが増さってくる。
「い、いやいや、君たち。この森はモンスターも出るという話でしょ? 危ないよ?」
俺は焦りながら言う。
「手伝ってもらうのはやっぱり心苦しいよ」
そう言って断ろうとした。
しかし。
「何を言いますか、師匠。日頃の恩を返させて下さい!」
「ケリー殿と一緒に冒険に出られるとはまたとのない機会です。ぜひともお供させてください」
「はい。私も先生と一緒に森に来れて嬉しいっす」
どうしてそんなに士気が高いの⁉
俺はおどおどする。
ミリアリアさんたちは言葉を続けた。
「それに、はい。確かに色々なモンスターが棲息しています。ですが森に入るのは慣れていますので、大丈夫です。もちろん、回復アイテムは多めに持ってきました」
「隊列はどうしましょう。やはり、一番強いケリー殿が殿でしょうか。先頭は私が。アイテムをお持ちのミリアリア様はエンと一緒に中列をお願いします」
「エンは周囲をよく警戒するっすね」
テキパキと彼らは段取りを進めていく。
「ふ、普通に役割分担も決まって、冒険になってる! スローライフするはずだったのに⁉」
だが、
「スローライフのためには、対極にある冒険をこなさいと仕方ないんだっ……」
「早く行くっすよ先生~」
俺はドヨーンとした気持ちを無理やり飲み込んで、彼らについていくのだった。
このゼケン村からほんの半時間ほどの距離にある森。
そう、この『マンドールの森』を冒険し、水源を発見するというクエストを行うことになったのである。
「スローライフを開始したはずが、冒険を開始している」
ガクっと肩を落とす。
ともかくこうして、俺たちの冒険の幕は切って落とされたのであった。
「ところで、こんなふうによく森には入るのかい?」
「はい。恥ずかしながら、どうしても農作物が不作の場合などは、こうして採取や狩猟をする必要がありますから」
「そっか」
素人というわけではないようだ。剣の扱いなどもある程度慣れていたのはそう言うわけか。我流って感じだったけど。
「じゃあ、ミリアリアさんが剣を鍛えたいっていうのは、そのためかい?」
「いえ、私は……」
彼女が言いよどむ様子を見せた。
その時だ。
「先生」
「うん」
俺は周囲を警戒していたエンの声にすぐ頷いた。
人差し指を立てて、合図を送る。
「あの茂みの向こうっすけど、少し動いてる影があったっす。音からしてゴブリンが5体」
「さすが耳がいいね」
獣人は耳と鼻がいいことはよく知っていた。
「ゴブリン程度でしたら問題なく戦えます。キリ、エン、先手をうちましょう。師匠が出るほどではないかと」
「手馴れてるね」
「この程度は問題ありません、ケリー殿」
「いくらか倒したら逃げ出すと思うから危険もないと思うっす」
「そうだね」
ゴブリンは最弱のモンスターだ。
さらに臆病なところがあって、勝てない戦いとみるや、我さきにと逃げ出す習性がある。
だから、ミリアリアさんの先制攻撃をかけるのは妥当な戦術だ。
そんなことを考えているうちに、彼ら3人は茂みに潜みつつ、ゴブリンの背後をとった。
「5体とも体が通常のものより小さいですね」
「そうですね。お嬢様」
「チャンスっす」
ん?
俺は何だか違和感を覚える。周囲には木の皮などが散乱していた。
「あの」
ちょっといいかな、と言いかけようとしたが、時すでに遅し。
「はぁ!」
「ぎいいいいいいいいいいいいいいいい⁉」
ミリアリアさんの素早い剣による攻撃が、ゴブリンを背後から襲っていた。
バタリ、と早々に一匹を仕留める。
「キリ、エン!」
「はぁ!」
「どりゃああああああああああ!」
「「ぎあああああああああああああああああ‼」」
獣人の二人が獣爪斬を使う。
俺に使われたときもヒヤヒヤしたものだが、やはり傍から見ていても、凄まじい威力だった。
5本の爪痕を残しながら、さらに二体のゴブリンも地に沈む。
「「ぎ、ぎぎぃぃぃいいい……」」
残り2体のゴブリンがいきなりの襲撃によって怯む。
「仲間を3体やられているから、いきなり戦力が半減した形です」
「ゴブリンは臆病な性格っすから、ここまで劣勢となれば、判断は早い。すぐに撤退するっす!」
残り2体のゴブリンはじりじりと下がり、茂みの奥へと姿を消そうとする。
三人が安心して気を抜いた。
その時である!
「きしゃああああああああああああああああああああああ‼」
「なっ⁉」
突如、反転してこちらへと襲いかかってきたのである。
無防備であったミリアリアさんとエンに鋭い牙と、棍棒をたたきつけようと迫る。
「きゃあ⁉」
彼女らにゴブリンの凶器が届こうとした、その寸前。
「―――――疾」
「……え?」
彼女たちに凶器が届く前に、ゴブリンたちの動きが止まった。
そして、一瞬遅れて。
ブシャアアアアアアアアアアアアアア‼
彼女らの目の前で、ゴブリンたちが全身から血しぶきを上げる。
そして、いつの間にか彼らの背後に移動していた俺へと何とか視線だけでも向けた。
「「「なっ」」」
「ギ‼」
仲間も、ゴブリンも目を見開く。目の前の光景に理解が追いつかないとばかりに。
だが、そんな一瞬の隙すら、俺は見逃さない。
「―――――ふ」
一息を吐き出すのと共に、もう一度往復するようにゴブリンを切り刻みながら通り過ぎる。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイ!」
今度こそ血風を巻き上げながら、ゴブリンたちは絶命し、地面に転がった。
ミリアリアたちは唖然とした様子で、地面に転がったゴブリンの死体を見る。
そして、近くに立っている俺の方を見て、さらに瞠目するのだった。
「えっと、大丈夫だった? ケガはないかな?」
俺は剣についた血をぬぐい、ふぅ~、と冷や汗をぬぐいながら、彼女らにケガがないかちょっとオロオロしながら言ったのである。
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