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5.少しだけ訓練をするつもりだったのだが……

さて、昨日は獣人のキリとエンの襲撃を受けた。


そのために2階の床に穴をあけてしまい(あけたのは俺です……)、そのあとは正面扉をぶち壊してしまった(ぶち壊したのは俺です……)。


反撃のためとはいえ、もう少しうまいやり方があったろうに。所詮はヘボ剣士だなぁと肩を落とす。


そんなヘボ剣士を過大評価してくる、キリとエン。そしてミリアリアさん。


正直、もっと人を見る目を養った方がいいと思うぞ。


中年からの心からのアドバイスだ。


で、そんな感じで意気消沈しつつ、昨日は傷んだ家を補修した。


キリやエンも手伝ってくれたので1日で修理は終わったけれど、農業に割く時間は取れなかった。


だが、


「今日は違う!」


俺は意気込む。


昨日、修業を付けるという約束はしたが、それはせいぜい1時間。


早朝にそれを終わらせてしまえば、あとは自由時間。すなわちスローライフの時間というわけである。


「ようやく俺の真のスローライフが始まるんだなぁ」


しみじみと、ちょっとばかり涙を浮かべて感慨にふける。


と、そこに。


「ケリー師匠、ミリアリア、参りました」


「キリもです。ケリー殿。エンも一緒です」


「よろしくっす。先生!」


直ったばかりの玄関に、早速三人が来た。


「よし、すぐに始めよう!」


俺は木刀をもって表に出る。


「1時間だ。それ以上は時間を取らないからな」


俺は断固とした声で言う。


「師匠のやる気十分ですね。とても嬉しいです。師匠の期待に応えられるように頑張ります!」


「ええ。私も闘志がみなぎってきました。やはり剣に命をささげた方は訓練に対しても覇気が違いますね!」


「これは私たちも気合を入れて先生の胸を借りないといけないっすね~。く~、腕がなるっす」


いや、違うからね。


早くスローライフしたいだけだからね。


ま、まぁ。早く強くなってもらえれば、それだけ俺が剣を振るう機会も減るから、いいんだけど。


それにこれが終われば農業ができる。スローライフの時間だ。くっくっく!


俺は気持ちを切り替えてテンションを上げる。


さっさと終わらせてスローライフだー!


そうして、庭の広い場所へと出たのであった。




「それで、今日はどのような訓練のするのですか、ケリー師匠」


「まぁ無難に駆け稽古がいいかなと思ってるんだ」


「すみません、駆け稽古とは、文字通り走り込みということですか?」


「そうだよ」


「そう……ですか……」


あー。俺は頭をかきつつ、


「地味でちょっとがっかりさせちゃったかな。でも足腰を鍛えてないと戦えないからね。ちょっと我慢してね」


「あっ、すいません。顔に出てましたか」


「無理もないよ。はやる気持ちは悪いもんじゃない。若いんだから」


俺は微笑む。


覇気のない俺のような中年のオッサンとは違うのだ。こういうぎらつきは向上心と表裏一体。全部が全部悪いわけじゃない。


「それじゃあ、始めよう」


「みんなには交代で、5分程度走ってもらおうかな」


「え?」


「5分ですか?」


ミリアリアさんとキリがいぶかし気にした。


「先生! さすがに5分は短すぎるっす!」


挙手してエンが忌憚ない意見を述べた。


「え? そうかな?」


俺も首を傾げた。


「走ってる途中に俺の攻撃が飛んでくるのを捌きながら、5分間走ってもらうけど、大丈夫?」


「は?」「え?」「ほえ?」


彼らはぽかんとした表情になった。




~Side ミリアリア~


「はぁはぁはぁ」


まだ開始して2分程度。制限時間の半分にも満たない。


しかし、すでに私の息は上がり切っていた。


最初に駆け稽古と聞いたときは正直、少しがっかりした。


ケリー師匠からせっかく訓練を受けられるのだから、もっとすごい内容を期待していたのだ。


だが、実際には足腰を鍛えるという基本訓練だった。


それが大事なことは十分承知している。が、それでも心は正直だ。


しかし、私は今それが完全な慢心であったことを思い知らされている。


ケリー師匠の駆け稽古は異質なものだった。


ある一定の速度で走る私に彼は追走する。そして、時折鋭い一撃を浴びせかけてくるのだ。


私はそれを捌きつつ移動を続ける。


最初は楽勝だった。


師匠も本気ではない。打ってくるタイミングも何となく分かるようにしてくださっている。


だが、1分も経過する頃には、腕は鉛をぶらさげられたように重くなり、足も思うように動かなくなった。


「ほい」


一方の師匠の方は涼しい顔をしながら並走してくると、こちらの右胴を狙って木刀を振った。


「くっ!」


私は喘ぎ声を上げながら、必死でその一撃を自分の木刀で受ける。


だが、師匠の一撃はなぜか重い。


加えてもう足腰がフラフラだった。


普段なら意識もしないような土の凹凸に足をとられて、無様に転倒した。


「はぁはぁ……」


「わ、悪い大丈夫だったか?」


「だ、大丈夫です」


情けない。


私がすぐに顔を上げる。そこには優しそうな表情の師匠が手を差し伸べてくれていた。


そう。


汗一つかかずに(・・・・・・・)


「これで3回目ですね。私が死んだのは」


「うーん。まぁ、そうだね」


苦笑されるが、師匠はごまかさずに言ってくれた。


そう。


この訓練は凄かった。


「師匠、この訓練の目的を教えてもらってもいいですか?」


「え? ああ、そういえば言ってなかったね。師匠失格だ」


彼は頭を掻きながら言う。


「キラー・ウルフのようなモンスターが出る以上、実戦を想定した方がいいかと思ってね。だとすると、常に動き続けて一か所にとどまらないこと。移動しながら攻防が可能になることが必要なんだ。実戦では――――」


師匠は続けた。


「一対多の不利な状況で戦うこともあるし、相手の方が強いこともある。一方的な攻撃にさらされたりね。その場合は有利な地形を常にさぐりながら戦う。場合によっては逃げないといけない。死んだら終わり、だからね」


「死んだら終わり」


私はその言葉がスッと胸に入った。


両親の最期の姿が脳裏をよぎる。


先日はキラー・ウルフに殺されそうになった。


あれは適切なタイミングで逃げる選択を取れなかったからだ。


「生きていれば再戦の機会は訪れる……」


「そういうことだね。よし、じゃあ交代しよう。次はキリ。その次はエン。その間ミリアリアさんは休憩しておいてね」


彼はその大きくてごつごつとした手で、私を助け起こしてくれると、次の順番のキリが走り出すのを追いかけ始めた。


思った通り、キリも最初の数分は師匠の攻撃を捌くことに成功する。


だが、やはりそこまでだ。


それ以降は集中力を欠いたのか、師匠が放つ簡単なフェイントに反応できず、簡単に小手をとられていた。

実戦なら利き腕を切り落とされたことになる。


まず助からないだろう。


「よし次は―――」


そのあとも同様の様子が続いた。


この駆け稽古を4回繰り返す。


最初は簡単だと思っていた訓練だが、とんでもなくハードな訓練だった。


誰もかれもへばっている。


だが、最後に私たちは顔を見合わせて一番恐ろしい事実に気づくことになったのだった。


「キリ、エン。ちょっと私は恐ろしいことに気づいたんですが、聞いてくれます?」


「奇遇ですね。お嬢様、実は私もなのです」


「うっす。実は私も勘違いかな、と希望的観測にすがろうとしている事があるっす」


私たちは声を合わせて言った。


「ケリー師匠(殿・先生)は一切休憩をとっていない」


声がそろう。


しばしの沈黙。


はぁ~………。


全員が深いため息をついてから、エンがぼやいた。


「まーじで、化け物っすね。先生」


畏敬の念で、彼のことを見たのだった。




「最後の一撃、ミリアリアさん、よく見えてたね」


「ありがとうございます。とにかく必死で。でもそのあと、また転んでしまいました」


私はそう言って赤面してから、意を決して聞いた。


「どうして、それほどのスタミナがあるのですか、師匠は? あまりにも凄すぎます!」


訓練を終えた私たちは休憩してから解散することとなった。


庭の一角にはテーブルが設置されていて、そこに皆腰かけた。


私は訓練のお礼にと、皆の分の朝食を持参していた。


テーブルを囲んで師匠に質問する。ちょっと興奮気味になってしまったかも。


「いやぁ、死にたくないからさ」


答えはシンプルだった。


「要するに臆病なだけだよ。スタミナ切れで死んだりしたら、みっともないから身に着けた特技ってだけでね。大したものじゃないから」


師匠は本気で褒められたのが意外そうで、慌てたように謙遜する。


ただ、あまりに規格外すぎるのだ。


「いや、ですがケリー殿は凄いです。私たち獣人よりもよほど持久力がおありになる。その上、あの固い土の凸凹した道を走っても態勢を崩すことが一度もなかった」


「剣の筋もずっと正確だったっす。私の迎撃なんて、最後フラフラのヘニョヘニョだったっす。ていうか、最後走れてすらいなかったっす」


「ああ、まぁねえ。3日間くらいずーっと、人を背負いながら、山道を走って怖いモンスターから逃げないといけないことがあったりしてね。そういう経験があったからなかなぁ」


彼はしみじみと遠くを見て言った。


「「「ええ。こわ」」」


私たちは思わず呟いた。


ま、それはともかくとして。


「師匠。飲み物を持参させて頂いたのでどうぞ召し上がってください。これくらいしかできませんが……」


「ああ、ありがとう。大切な水だね。ありがたく頂くよ」


「ああ、いえ」


私は首を傾げてから言った。


お酒(エール)ですけど?」


「ぶは!」


師匠が明後日の方向にゴキュリと飲んだ酒をふきだした。




~Side ケリー~


「ど、どうして朝から(エール)なんて⁉」


俺はあわてて、せっかく頂いた酒をふきだしてしまった。


「いえ、どうしても、こうした田舎では安全な飲み水は貴重ですので。醸してエールにしたものをよく飲むのです」


「この村の者は結構強いですね」


「私も飲めるっす」


「そうなのか。まぁ、俺も好きだけど」


「良かったです。では乾杯しましょう」


「ま、待った!」


俺は流されそうになっていることに気づいて、手で制止をかけた。


「俺はこれからスローライフという大切な仕事があるんでね。農業に真剣に取り組みたいから、お酒は遠慮しておくよ。ハハハ」


ご馳走してもらって悪いんだけど。


そう思って発言したが、彼らは首を傾げた。


「どうしたの?」


「ああ、いえ。何と言いますか」


ミリアリアさんがうーん、と考えるような仕草をして言った。


「農家の方々は普通に飲んで作業をしてる人もたくさんいますが」


「えっ、そうなの⁉」


「はい。ですので、別にお酒を嗜まれて農業をしていたからといって、特に不謹慎という風には思いません」


「そ、そっか」


だとすると。


「せっかく頂いたお酒を残すのも悪いね。頂くよ。本業の方がそう言ってるなら問題ないってことだもんね」


久しぶりだなぁ。


「おお、ケリー殿が飲まれるなら、私も頂きます。歓迎会もそのうち開かないといけませんね」


「ですです!」


キリとエンも笑顔でお酒≪エール≫をついだ。


こんなオッサンにいい風にしてくれるなんて。


なんていい子たちなのだろうか。


俺はいい気分になって、ゴクゴクと注がれたお酒≪エール≫を一気に飲み干す。


「ぷはー、訓練後のいっぱいは最高だな」


「ええ、私も頂きます。師匠」


「うんうん」


俺たちはこうして、少しの間の酒宴に酔いしれたのだった。


そして――




「師匠、師匠」


「うーん、むにゃむにゃ」


「師匠、そろそろ起きられた方がいいですよ」


「む……?」


俺は目を覚ます。


どうやら少しの間、眠っていたようだ。


「ふぁ、すまない。少し眠ってたみたいだ。今、何時くらいかな」


スローライフをしないとね。


すると。


「あっ、はい。そろそろお昼です。キリとエンはもう帰しました」


「昼⁉」


寝すぎだろ、俺⁉


「は、早く作業をしないと」


「あ、そのことなんですが、師匠」


彼女は微苦笑を浮かべて言った。


「午後からは雨が降りそうです。今から始めるのは少しタイミング悪いかと思いますが……」


「ぐおおおおおおおおおお」


またやってしまった。


俺は頭を抱えた。よく考えたら飲みなれてる農家さんと俺が同じように飲んでいいわけがなかった!


「また俺のスローライフがあ⁉」


「ど、どうされたのですか、師匠⁉」


二日酔いですか⁉


そんなミリアリアさんの声をしり目に、俺はどんどんと曇る空に向かって、嘆きの声を上げたのだった。




~Side ミリアリア~


嘆きの声をなぜか挙げられていたケリー師匠を、家まで見送らせて頂いてから、私も家に帰ってきた。


ポツポツと雨が降り始める。


ケリー師匠もゆっくりと自宅でくつろがれていることだろう。


田畑にとって恵みの雨だ、などと思いながら。


私は今日の訓練を思い出す。


足腰を鍛えるだけかと思いきや、実戦形式の訓練だった。本番であれば私が持っていた木剣は更に重いわけで、5分走りながら戦うのがいかに難しいことか分かる。


一方で、師匠の教えには、とにかく生き抜くという考え方や、不利な状況を想定することなど、今まで私の眼中にはなかった考えが多数存在した。


「だとすれば、私も持てる力を全て使いこなすべきなんじゃないのか?」


私の持つ力。


そう魔力だ。


今までは不安定なそれを戦力に組み込むことなど考えもしなかった。


今日の訓練で師匠から受けた剣戟を一つ一つ思い出そうとする。


どれも正確に放たれた一撃で受け止めるのがやっとだった。


最後などは疲れ過ぎていて、剣筋を見ることも不可能なほどにフラフラだった。


「ただ、死にそうだからこそ、とっさに視線に魔力を込めた。その時はうまく師匠の剣を受け止めることができたな……」


師匠にも褒めてもらえた。


あれはぎりぎりの状況だからこそ、死に物狂いで生き残れるよう、咄嗟に魔力を視界に集中させることを思いついたのだ。


あの感覚―――


極限状態だからこそたどり着けた境地を、私は忘れまいと何度も頭の中で繰り返した。


「もし、あんな風に魔力を集中しつづけて戦うことができればどうなるだろう?」


師匠の剣を捌きながら、戦い続けることも可能なのではないか?


ブルリ、と私は身体を震わせた。


私は錯覚と思いつつも。


自分が剣の高みを目指しつつあるのではないかと思い、武者震いをしたのだった。

【応援よろしくお願いします!】

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 と思ったら


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 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


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 何卒よろしくお願いいたします。

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