4.スローライフを目指していたら襲撃されました……
~幕間~
そこには二人の獣人がいた。一人は端正な顔立ちながら、筋骨隆々としたスラっとした背丈の獣人。もう一人はやや小柄な女性の獣人である。
どちらも頭にぴょこんと猫耳のようなものがついている。
「なんと私たちがいない間にそんなことが……。まさか隙をついてお嬢様を抱きしめるとは、なんと破廉恥!」
「行商の護衛について行った2日間の間に襲撃とは。運が悪かったっす」
「ううむ、これは由々しき事態だ」
「え? というと?」
「分からないのか、エン!」
「はぁ、全然っすけど。キリには何が見えてるんすか?」
小柄な少女。エンと呼ばれた少女がいぶかしんでいった。ああー、またいつものが始まった~、という顔つきにも見える。
「お嬢様は人間族の絶世の美女。これまでも色々な輩がお嬢様を狙っていて、その都度退けて来た。今回もその可能性が高い」
「キラー・ウルフからミリアリア様をお守りしたそうっすけど」
「油断を誘う魂胆かもしれん」
「そうっすかね~」
「これは確かめねばならない。行くぞ、エン」
「まぁ、いいっすけど。心配になる気持ちも分からないでもないっすから。なんせ私たちが村から外れたタイミングどんぴしゃだったっすからね~」
こうして二人の獣人。キリとエンは早朝、自分たちのねぐらから出発したのだった。
そう。
ケリーの家に向かって。
~Side ケリー~
「うーん、今日こそは田舎でのんびり農業を、むにゃむにゃ」
俺はまだ夢の中にいた。
明け方ということもあり、夢うつつ。
身体はまだ寝ているが、意識がうっすらと覚醒しはじめている。
そんな具合であることを何となく理解した。
「種をまいたりしないとなぁ。ううん、ふわーあ」
スローライフを今日こそは堪能しようと、寝がえりをうつ。
と、その時である。
『グサ』
『ドサリ』
俺は寝返りをうつ勢いを利用して、そのままベッドの下へと落下した。
天井には真っ黒な外套を身に着けた何者かがはりつくようにして、硬質な何かを俺めがけて振り下ろしていた。
「なんだ⁉ 魔王軍の残党か⁉」
と威勢よく言ったつもりだが、寝起きなので上手く発音できない。
だがそれとは裏腹に、俺の身体は俊敏に反応していた。
ベッドに落ちた勢いを利用して、枕元に置いてあった剣を即座に抜刀する。そして、立ち上がるのと同時に自分の足元に弧を描く。
「なに⁉」
天井に張り付いた刺客が驚く。顔はローブに隠れていて見えない。
その姿が小さくなった。
寝室は2階だ。
俺の切断した円状の床はそのまま1階へと落下する。
しかし、
「チェストオオオオオオオオオオオ‼」
もう一人刺客がいた。
ただ、階段を降りて来るのを予想していたためか、少しばかり距離がある。
「遠い?」
彼我の距離は5メートルはある。ローブの中に剣を隠していても、届かないはずだ。
いや。
「違う」
『ギュイン!』
凄まじい勢いで斬撃がこちらに届いた。
それは銀の爪だ。
「獣爪斬か」
「防いだっすか⁉」
相手が仰天している。
「おっと、隙だらけだぞ」
「えっ、ちょっ、まっ。獣人より早いって、それ反則、ぐは⁉」
剣の柄でみぞおちをひと突きする。倒れる獣人を支えた。
「女?」
「エンを放せ!」
仲間の危機に上空から先ほどの刺客が飛び降りてくる。
今度は重力をも利用して、さきほどの一撃をこちらへたたきつけるように放った。
『ギイイイイイイイイイイイン』
「馬鹿な⁉ 私の一撃を受け止めただと⁉ 身体強化か⁉」
「いや」
俺は刺客の一撃を受け止めながら、そのまま持ち上げた。
その筋力に相手は目を見開く。
「なっ……」
「年の功かな。少しだけ力持ちでね。はぁ!」
「ぐあ⁉」
そのまま入口の扉を破壊しながら、表へと投げ飛ばした。
「つ、強すぎる。これほどとは……。お嬢様を守ったというのは嘘ではないというのか」
お嬢様?
俺が首を傾げた。
その時である。
「きゃあああああああああああああ⁉」
女性の声が響いた。そして、
「キリにエン⁉ どうしてこんなところで、ケリー様と喧嘩しているのですか⁉」
ミリアリアさんが驚きと怒気を込めた声で言った。
「あっ、終わった」
気が付いたエンと呼ばれた少女が、降参といった様子で両手を挙げた。
「お、お嬢様⁉ こ、これはその。申し訳ありません! ケリー殿が本物なのかどうかを確かめたくて、ですね。その」
先ほどまでの勢いはどこへやら。
巨漢のキリも冷や汗をかいて目をきょろきょろとさせている。
「本物に決まってるでしょうがああああああああああああ!」
顔を赤くしたミリアリアの怒声がもう一度響いた。
「申し訳ありませんでした! お嬢様が心配でついあのような暴挙に!」
「私は止めたんすけどね~」
「一緒に襲撃したら同罪です。まったく。ケリー様になんてことを、ぶつぶつ」
散らかった部屋を精力的に片付けたキリとエン。
彼らと、ミリアリアさんを加えて少し話をする流れになった。
それで大体事情は分かった。
「なるほど。君たちが普段は村の防衛をしていたわけか」
「はい、キラー・ウルフの襲撃はそれほど頻繁に起こることではないので驚きました。しかし、ケリー殿のおかげで事なきを得ました。本当にありがとうございます。それなのに、私はどこか信じられず、むしろお嬢様に近づく不埒な輩ではないかと疑う始末。誠に申し訳ありません。どのような罰でもお受けします」
「いやぁ、いいって、いいって。それに本気じゃ無かったよね、さっきの」
「き、気づいておられたのですか?」
「最初のベッドでの一撃だけど、あれは本来ならベッドごと引き裂くこともできたよね。爪を自在に操って戦う獣人特有のスキル。鉄すらも切り裂くと聞いたことがある。戦ったのは初めてだけど」
「初見で見切られたっすか。距離もあえて遠くにとって油断させたのに。完敗っすね」
「本当に申し訳ありませんでした! 私の知る限り世界一の剣士殿です!」
おおげさだなぁ。
「まぁまぁ、いいじゃない。床も後日修理してくれるって言うし、大丈夫さ。それに、それだけお嬢さん。あー、ミリアリアさんのことが大切だったってわけだよね?」
「はい。私たちキリとエンはもともと孤児で、お嬢様に拾ってもらったのです。お嬢様はその美しさから粉をかけて来る輩も多く……」
「ケリー様はそういうのではない」
「はい。そのようですね。安心しました」
「ところであれはどうやったのですか?」
「へ?」
どれのことだろう? そう首を傾げていると、
「エンが獣爪斬を出した時です。どのように立ち回られたのかな、と」
「えっとね」
俺は説明する。
「獣爪斬は確かに暗器みたいでいつ飛んでくるか分からない。ただ、暗器っていうのは飛んでくることが分かっていればそれほど怖くない。どうしてか分かる?」
「なぜでしょうか?」
「一撃必殺だからだよ。つまり、狙いが正直だ。飛んでくる場所が非常に分かりやすい。なら、その軌道を読んで踏み込めば、遠距離攻撃だから懐は隙が大きくなるよね?」
俺は微笑んだ。
「なっ、簡単だろう?」
「はぁ、まぁ。そうですね。理屈だけ聞くとそうなんでしょうが……」
「それが分かっていて踏み込める人間がこの世界に何人いるっすかねー」
「さすがケリー様です」
キリとエンは苦笑する。
ふふん、とミリアリアさんが誇らしそうに言った。
なぜだ。
「まぁ、とにかくこれで一件落着だな。じゃあ、俺はスローライフがあるんで……」
そう言って立ち上がろうとしたとき出る。
「ケリー殿!」
キリが立ち上がって、大真面目な顔で近寄ってきた。
精悍なので迫力がある。
なんだろう。ちょっとビクビクしてしまう情けないオッサンであった。
「ぜひ、稽古をつけて頂けないでしょうか。これからも村を守るために強くなる必要があるのです」
「あ、私もっす。ミリアリア様に恩返ししたいので、ぜひぜひ、よろしくっす」
「え。いやいや、もう十分強いから修業なんていらないんじゃ……」
そう思って断ろうと考えた。
だが、いや、ちょっと待てよ、と感じる。
この二人を育てれば、俺が剣士として活躍する必要がなくなるのではないだろうか。
ひいては、俺のスローライフがうまくいくことにつながるじゃないか!
これは名案だな!
俺はゴホンと咳払いすると。
「あー、仕方ない。ごほん。まぁ、毎日1時間程度でよければ稽古をしよう。あっ、強くなったら卒業ね。早めに強くなってもらうから宜しく」
「おお、それほど力を入れて鍛えて頂けるとは! 感謝します、ケリー殿!」
「私もテンション上がってきたっす!」
「あ、いやいや。別にそういうつもりで言ったわけじゃあ……」
なぜかテンションが上がってしまった二人に言い訳をしようとする。
しかし、
「良かったですね、二人とも。ところでケリー様。もちろん私も参加させて頂いてもいいんですよね?」
良い笑顔のミリアリアさん。
「え? い、いや。ミリアリアさんは、えーっと、そう、キリたちに教えてもらえばいいんじゃないですかね?」
俺はそう言うが、
「獣人の戦い方は固有なので、習うのは難しいのです。まさかケリー様は、彼らがよくて私だけがダメなどと、不公平なことを言うつもりはないですよね?」
更にいい笑顔をするミリアリアさん。
「ええー……、えーっと。……はい」
俺は圧力に屈してしまう。
オッサンにそのまっすぐな瞳はつらいです。
押し切られてしまった。
そして気づく。 あれ?
さっきはスローライフに近づいたと思っていたのに、もしかしたら、スローライフから遠ざかったのでは⁉
そんなことを思うが、まったくもって後の祭りなのであった。
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