3.落ちこぼれ
「それではまた明日も参ります。師匠!」
「師匠じゃないんだけどなぁ」
「失礼します」
はきはきした様子で、ミリアリアさんが帰って行った。
キビキビしていて、とても好感がもてる。
そう。
「俺の人生計画を破綻させる以外は……」
畝づくりをしていただけなのに、なぜか彼女は俺の弟子に絶対になるという決意を固めたらしい。
「訳が分からない。これがジェネレーション・ギャップってやつなのか?」
オッサンに若い子の感覚は分からないよ……。
はぁ~と、どうしたものかと肩を落としつつ、簡単な食事を作り、食べた。
材料は昨日討伐したキラー・ウルフの肉だ。
味はジューシーでとてもうまい。塩をかけるだけで十分だった。
食事をしながら、昔のことを思い出す。
ミリアリアさんが俺のことを勝手に持ち上げるものだから。
俺は魔王を討伐したパーティーの一員だった。
いわゆる前衛で剣士をしていた。
だが、仲間の勇者や聖女などからはよくこう言われていたものだ。
「魔力はあるくせに魔法一つ使えないなんて、本当に不器用な奴だな。恥ずかしく思うなら、こ、今度マンツーマンで教えてあげても良いけど……」
「魔力があるのに魔法が使えないのは信仰が足りないからです。どうでしょうか、この戦いが終わったら我がツリグリー家に来て住み込みで修業されては。も、もちろん、わたくしも誘った手前、つきっきりでフォローしましょう!」
こんな感じで、仲間から落ちこぼれ扱いであった。
もちろん、落ちこぼれの俺が彼女ら、真に優秀な英雄たちの手を煩わせるわけにはいかないので、丁重にお断りしていたわけだが。
というか、揶揄されていることくらいは理解していたから当然なのだが。
まぁ、ともかく、俺はミリアリアさんが言うような上等なものではない。
「俺は優秀な真の英雄たちと、たまたまパーティーを一緒にしただけの、ただの中年なんだよ」
さて、そんな中年の哀れな自虐をした後だが、もうすることはない。
ただ日課があるので、それだけは済ますことにする。
ベッドの上に座る。
そして―――――
「脚部、魔力減衰」
足の活力が落ちて行く。その代わり、腕や腹筋といった部分に魔力が流れ込む感覚がした。
「ん。脚部、腕部、腹部、魔力減衰」
先ほど魔力が集まっていったものを全身に散らした。視力が活性化する。
俺はベッドの上に横たえていた剣を抜く。
「魔力排斥」
俺の身体から魔力が放出された。
それが剣へと移って行く。
そして―――――
「よし、日課終わりだ!」
はぁ、やれやれと、俺は首をコキコキと鳴らす。
「魔王を討伐した今、こんな日課を続ける必要もないんだが……」
俺は苦笑しながら続きを言う。
「だが、ずっとやってきたことだからなぁ。今更、中年に習慣を変えろというのも無茶なもんだ」
そんな言い訳をして、数十年一日も欠かさず続けている日課を終了する。
「俺の魔力のコントロールなんてこんな程度のものだ。大したもんじゃない」
やはり、ミリアリアさんの師匠にふさわしいとは思えない。
「こんなヘボ剣士が教えられることなんて何もないんだがなぁ」
俺はまたしてもハァと大きなため息をついたのだった。
~Side ミリアリア~
「おや、まだ寝ていなかったのかね、ミリアリア」
「おじい様。すみません、起こしてしまいましたね」
「いや、いいんだよ。……ケリーさんの所に行っていたようだが、何かあったのかな?」
「はい」
私は日中見ていた彼の動きを思い返す。
振るっているのは鍬、やっていることは農業だ。
はたから見ればそれだけだ。
でも、
「あれは……」
私は彼の魔力の動きを思い出しながら言った。
「とんでもない化け物です」
これは私なりの誉め言葉だ。
彼は。ケリー師匠は魔力を自在にコントロールしていた。
だが普通、魔力のコントロールというのはもっとおおざっぱなものなのだ。
例えば、腕に魔力を集中しようとしても、全ての魔力を集中させることはできない。
なんというか、まだらになってしまうというのだろうか。
せいぜい1割程度の強化。
本当に一流の騎士団長クラスともなれば2割程度の強化ができるが、それが限界だと言われている。
しかもそれを長時間持続することはできない。
魔力の集中は無理に魔力を動かしている関係上、元の位置、つまり全身に戻ろうとするからだ。
ゆえに、魔力による強化時間もせいぜい5分で、その後は休息が必要になる。
一部の剣士は、魔法剣士という特異魔力操作が可能とも聞いたことはあった。
自分の魔力を武器に纏わせて戦うのだが、この使い手は皆無と言って良いと聞く。
なぜなら、自分の身体から離れてしまった魔力を操作することはほとんど不可能であり、ごく短時間の間に空間に漂う魔素として雲散霧消してしまうからだ。
それならば、元から強い武器を携えるべき、というのが常識だ。
それなのに、
「師匠はそれらを難なくやっていた……ような気がする」
自信がないのは、魔力を見ることにも視覚の強化が必要だからだ。
私の魔力操作の腕前では、短時間、途切れ途切れに見ることしかできなかった。
だが、私が瞳に魔力を移して見ていた時、常に師匠は魔力を鍬へ移動させていたのだ。
これが偶然だとは思えない。
不可能とされている魔力による常時強化だ。
「師匠は一体何者なんでしょうか……いえ」
私は首を振る。そんなことはどうでもいい。
机に立てかけてあった写真に目を向ける。そこには優し気に微笑む両親がいた。
それは遺影である。自分が小さいころに両親は魔王の配下に殺されてしまっている。
魔王は討伐された。
だが、モンスターはいまだに存在しており、私は私と同じ境遇の人間を出さないように自分を鍛えてきた。
だが、所詮は自己流だ。限界を感じていたし、昨日も村人を避難させていて不意をつかれ、キラー・ウルフに殺されそうになったという体たらくだ。
「師匠なら、私の願いをかなえてくれる」
そう確信していた。
「ふむ、そうか。まぁ魔力がある程度多い者でなければ、魔力は見えぬ。お前にはその才能があるのだから止めはせんよ。ところで、ミリアリアよ」
「はい、なんでしょうか?」
私が首をかしげると、おじいさまはのんびりした調子で言った。
「キラー・ウルフから助けられた際は悔しかったかね?」
「当然です」
悔しかったし、村人をまた犠牲にすることになると歯噛みしたものだ。
「それだけかな?」
「え? えっと……」
私はその瞬間を思い出す。
風のように現れ、凛々しいまなざしと冷徹なほどの剣技。
私や村を救ったことを誇ろうともせず、ただ私を一人の女として優しく抱きしめてくれたあのたくましい腕……。
『ボン!』
と、なぜか私の顔から火が出たような気がした。
「な、なんだろう。この気持ちは。それに顔が熱いのですが」
私はおじいさまに、その正体を尋ねるが。
「ほほほ。良かった良かった。これは死ぬまでに良いものが見れそうじゃわい。まぁ、キリとエンもそろそろ帰ってくるし安心じゃろ。ではお休みミリアリア」
おじい様はなぜかカラカラと楽しそうに部屋を後にしたのだった。
「わ、訳が分かりません」
ボフっと私もベッドへと入る。
明日も師匠のところへ行く。
すると、
「む、また顔が熱くなってきましたね……」
蒸し暑いからだろう。私はそう結論づけて目を閉じる。
なぜか眠りはなかなかやってこなかった。
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